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「利益は悪」とする思想脱皮のススメ

■デフレから生じた歪んだ思想

 日本経済はバブル崩壊後、「失われた20年」の間に、すっかりデフレ経済が定着し「モノの値段は下がっていくもの」というデフレ思考が人々の心の深奥(潜在意識)にまで刷り込まれていった。今日は阪神淡路大震災からちょうど20年が経過した記念日だが、あの震災後に生まれた現在20歳以下の若者は生まれてこのかた「モノの値段が上がる」という現象とはほとんど縁が無かったためか、昨今のようにどんどんとモノの値段が上がっていく現象に少なからず違和感を感じているのかもしれない。
 現在のインフレ現象は経済成長が伴った真っ当なインフレというよりも、人為的に生じた悪性のインフレもどきという側面もあるので、違う意味で違和感を感じている人も多いと思われるが、いずれにしても、「何か違う」という違和感を抱いている人がほとんどだろうと思う。

 景気が良かった頃の日本では、「1円でも高く売ろう」という営業活動が盛んだったが、景気が悪くなるに連れて、「1円でも安くしよう」という営業活動に様変わりしていった。この消費者に対する2つのスローガンは似ているようでありながらも本質的には全く正反対のものであり、立場を生産者に置き換えてマクロ的に換言するなら以下のようになる。

 「1円でも高く売ろう」=「1円でも給料を上げよう

 「1円でも安くしよう」=「1円でも給料を下げよう

 本来、デフレ経済下では、「1円でも高く売ろう」というスローガンを掲げなければいけないのだが、現実としては「1円でも安くしよう」となってしまう。それは、1円でも安くしなければ消費者にそっぽを向かれるという後ろめたい心情が有るせいだが、この思考の行き着く先は、ゼロ金利ならぬゼロ利益であり、行き過ぎたデフレ思考は最終的に「利益は悪」とする歪んだ思想を生み出すことになる。

■「デフレ思想」と「チップ思想」

 この「利益は悪」とする思想とは、言葉を変えれば「利益を奪う」思想であり、他人の利益を奪うことを当然とする卑しい人々を量産していくことになる。
 例えば、ある生産者が100の価値を生み出したとしても、消費者としてキチンと100の対価を支払おうとせずに、まるでマージンを奪うかのように一部の利益(価値)を頂戴することを当然とする人々が跋扈するようになる。
 その挙げ句、他人の利益を奪うという行為が、巡り巡って己の収入を減らすことに繋がるという経済的な真理(因果応報)を理解できない経済音痴が大手を振って街中を闊歩するようになる。

 これらの人々は、自らが薄利な商品を購入しているという認識がなく、過剰なサービスを要求する(=利益を奪う)という特徴を持っている。ファストフード店に高級レストランのようなサービスを要求するような人物もこれに当たる。

 このデフレ思想の対極にある思想とは、言わば「チップ思想」というもので、100の価値を生み出した人に対して時には100以上の価値を付けて支払うようなサービス精神が旺盛なチップ文化がそれに該当する。
 お断りしておくと、ここで述べていることは、景気が良いからチップを支払い、景気が悪いからチップを支払わないというような話ではない。景気が良かろうが悪かろうがチップを支払うというメンタリティ(サービス精神)が根付いた社会であれば、景気は本来の現状よりも良くなっていくということであり、卵(チップ)が先か、鶏(景気)が先か?というような話をしているのではないので誤解のないように。

 「デフレ思想」と「チップ思想」、これこそが経済における「悪循環」と「好循環」の別名である。他人から利益を奪おうとする思想が蔓延すると経済は悪化するが、他人に儲けてもらおうという文化が花開くと経済は活性化する。「Give and Take」という言葉を基にすれば、前者が「Take Only」、後者が「Give Only」とも言えるだろうか。

■「利潤0」は共貧主義社会へ至る道

 デフレ社会が生み出した「過剰な安値競争」という値引き合戦は、傍から冷静に観れば、お互いがお互いの首を絞め合っている(または足を引っ張っている)姿そのものであり、マクロ的には経済が縮小していくことにしかならないのだが、「限られたパイの奪い合いをしている」という狭量な認識から脱することができず「生き残り」という言葉に囚われた人々は、単純な経済真理を見失い、自分だけが生き残ればよいという利己的な生存本能に支配され、ただひたすらにデフレ地獄の亡者と化していく。

 その亡者達は「利益は悪」とする思想に被れ、「お金儲けは悪いことだ」という刷り込まれた認識通りに薄利で仕事を行い、また行わせることを当然とするようになっていく。「利益は悪」とする彼らにとっては「薄利」こそが(醜い)お金儲けをする上での言い訳になるからである。

 ここまで読んでお分かりのように、デフレ思想の行き着く先は、利益を悪と考え、無意識的に「他人の利益を奪うことを当然」とする共産(共貧)主義社会なのである。

 過剰な安値競争は、最終的には「利潤0」を目指すことになり、それが行き過ぎると皮肉なことに資本主義や合理主義の否定に繋がってしまう。
 もしあなたが「利潤0」を肯定するのであれば、物価以上に給料が上がらない共貧主義社会へ至るのは至極当然の帰結であるということも併せて認める必要がある。もういい加減に「利益は悪」とする思想を卒業しよう。

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コメント

はあ?

価格競争がダメだというなら、じゃあ政府がすべての財やサービスの価格を統制しろというのか?

たとえば、「ラーメン一杯400円なんてけしからん。デフレ許さん。800円で買え」と。

自由と財産権の侵害でしょ。

だいたい、筆者は高い価格で買えなどというが、同じ商品を100円で売ってる店と200円で売ってる店があり、あえて高い価格で買うバカがどこにいるのか。そんなバカげた経済活動をやっていれば個人も会社も潰れる。

利潤では市場原理で決まるものだ。適正価格などという思想は市場の抑止力と競争を否定する共産思想ですね

投稿: 自由主義者 | 2015年1月18日 (日) 15時08分

自由主義者様

コメント、有り難うございます。

 よく読んでいただくと解ると思いますが、私は価格競争を否定しているのではなく、価格統制をしろとも書いていません。
 モノを売られている価格以上で買えと言っているのではなく、経済用語で言うところの「合成の誤謬」を述べているだけです。
 何事も限度を超えると、良かれと思って行ったことが逆の結果を生み出す危険性がある(実際にあったと思われる)ことを書いたまでです。

投稿: 管理人 | 2015年1月18日 (日) 18時33分

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