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いじめ問題として考える『安全保障関連法案』

2015071601■「安全保障関連法案」と「集団的自衛権」

 マスコミで大々的に騒がれ、衆目を集めていた「安全保障関連法案」が賛成多数で可決された。「安保法案」は「戦争法案」との異名(単なるこじつけだが)を持つ法案なだけに、結果がどうなるか少々危惧していたものの、どうやら、まともな判断が下されたようで安堵した。

 「戦争法案」と言うと聞こえは悪いが、「安全保障関連法案」というのは簡単に言えば、ただの「防衛法案」でしかない。自らの国を他国の侵略から守ろうという「防衛法案」の可決に、なぜこれほどまでに反対する国民がいるのか不思議でならない。国会でのあのような珍奇な自虐的光景は、おそらく日本でしか見られないものだろうと思う。

 「集団的自衛権」にしても「個別的自衛権」と同じく、自国を防衛するかどうかという権利であって、他国を侵略するというような権利でないことは言うまでもない。
 他国(この場合は、主に中国)からの侵略があった場合、自国だけで防衛するのか、それとも他国と協力して防衛するのかというだけの話であって、他国と協力して戦争を行うというような、きな臭い話ではないのだが、この国ではなぜか、「集団的自衛権」を「集団的侵略権」と誤解している人が少なからず存在しているようだ。(解っていながら反対している人も多そうだが…)

 そもそも、なぜこのような法案が出てきたのかというと、戦争を画策している国、言わば「個別的侵略権」を行使している国が実際に存在しているからだ。無論、それは日本ではない。
 「安全保障関連法案」も「集団的自衛権」も、主たる目的は、戦争を起こすことではなく、戦争を回避することである。つまり、単なる国の保険なのであって、能動的に戦争に加担するというような代物ではない。ここを誤解すると、カルト教の信者よろしく全てが曲がって(あるいは逆さまに)見えることになる。

■「安全保障いじめ関連法案」と「集団的いじめ自衛権」

 子供にでも解るように「いじめ」に喩えてみよう。「安全保障いじめ関連法案」「集団的いじめ自衛権」とでも考えれば、よく解るのではないかと思う。

 もし、あなたが真面目な中学生だとして、突然、あなたの前に、いじめっこ(達)が現れたら、どうしますか?

 この場合、あなたには以下のような選択肢がある。

 1、自分1人で、いじめっこに対抗する。

 2、他の生徒と協力して、いじめっこに対抗する。

 3、他の生徒が、いじめっこから助けてくれるのを待つ。

 4、「暴力反対」と叫ぶだけで、いじめっこに抵抗しない。

 上記の4つの中から、どれか1つを選ばなければならないということなら、普通なら「」を選ぶのではないだろうか?
 しかし、なぜかこの国では、端から、いじめっこは存在しないという前提に立ち、ハイリスクな「3」か「4」を選ぶことが正しいと思われているフシがある。普段はリスクを毛嫌いしている人に限って、ハイリスクで危険な選択をしているわけだから、何をか言わんやである。

 よほど喧嘩に自信の有る人なら「1」を選ぶかもしれないが、いじめっこは1人とは限らないので、常識的には「2」を選ぶのが無難なところだろう。いじめによる被害を避けるために、予め、他の真面目な生徒と協力関係を結んでおけば、自分がいじめに遭った場合、協力関係にある他の生徒が助けてくれるので安心だ。

 しかし、他の生徒がいじめられていた場合は、あなたが逆に助けに行かなければならない。こんなのは人道上、当たり前の話であって、都合よく自分がいじめられた場合は助けてもらうが、他人がいじめられていても見て見ぬふりでは、友好関係が成り立たない。
 そんな自分勝手で卑怯な契約を結ぶようなお人好しはいないことは、少し考えれば誰にでも解りそうなものだが、いじめ行為を見ても見ぬふりをするという日本の公教育環境にどっぷりと漬かってきた人々には、それが理不尽極まりない非常識なことだということが解らないのかもしれない。

■現実から遠く乖離した「理想論」と「妄論」

 20世紀の日本には自ら「学校の警察官」を名乗る屈強な留学生がいたため、いじめっこが出現する心配が無かった。しかし、21世紀の現代は、その屈強な留学生も体力が衰えてしまい、学校でのいじめ問題にも無関心に成りつつあり、オバマという内向きで民主的な保護者が出現したことで、自ら警察官を名乗ることもしなくなった。

 いじめっこのいない平和な時代の学校であるなら、「いじめ同盟」のような代物は必要なかったかもしれないが、現代にはメキメキと力を付けてきた暴力団の子供のようないじめっこが存在している。このいじめっこの傍若無人な振るまいには、他のクラスの生徒も大いに迷惑しており、周りの生徒達は水面下で「一致団結して守りを固めよう」と申し出ているのだが、独り、日本だけが反対している。

 その言い分は、

 「自分1人で、いじめっこ達に対抗するんだ

 あるいは、

 「暴力の反対を唱った学校規程が有るので、大丈夫だ

というもので、そのどちらも、いじめっこの行為を止めることも、いじめっこの思考を変える力も有しておらず、良く言えば「理想論」、悪く言えば「妄論」の域を出ていない。

 暴力団相手に、武器も持たずにたった1人で喧嘩を挑もうなどというのは、漫画の読み過ぎであり、暴力団相手には学校規程など、何の役にも立たないということも併せて知らねばならない。
 現実を無視した理想家や妄想家の言うことを聞いて、あなたがいじめっこに殺されたとしても、彼らは逃げ出すだけで、何の責任も取ってくれないのである。自分や家族の命・財産・平安を真に守りたいのであれば、言葉巧みな理想論や現実味のない妄論に騙されないように注意しよう。

【追記】

 コメント欄で、私が「安倍総理のたとえ話をパクった」かのような指摘がありますが、私は安倍総理の話は全く観ていません。図らずも、安倍総理が私と同じ認識を持たれていることが判り、安心しました。教えていただき、有り難うございます。

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コメント

貴方がおっしゃるような簡単な喩えは、今さら言われなくても、ほとんどの国民は考えていますし、わかっていますよ。中学生だってね。
その上で、どうすべきか決めかねているんです。

投稿: | 2015年7月17日 (金) 07時07分

筆者のように、物事を単純に考えられる人は羨ましい。
まさに、安倍さんの餌食だな。

投稿: | 2015年7月17日 (金) 16時37分

この人、集団的自衛権と個別的自衛権の違いを理解して書いているのかしら??

投稿: | 2015年7月18日 (土) 10時41分

安倍さんがネットで話していたたとえ話と同じですね。
あれって、知的レベルが低い、いわゆるB層向けでしょ。
これを真に受けて書き込んでいるなんて、お笑いです。

投稿: | 2015年7月18日 (土) 13時17分

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