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「長財布を持てば、お金持ちになる」の“真”と“偽”

■「英雄色を好む」と「長財布を持てば、お金持ちになる」

 最近はあまり聞かれなくなったものの、「長財布を持てば、お金持ちになる」という有名な言葉がある。お金持ちを研究した多くの人が、「私が出会ったお金持ちは必ずと言っていいほど長財布を使用していた」と言っているが、はたして「長財布を持てば、お金持ちになる」というのは本当のことなのだろうか?

 おそらく大抵の人は「嘘だ」と即答するのではないかと思われるが、この言葉の虚実を、少し冷静になって再考してみよう。

 例えば、「英雄色を好む」という諺があるが、この言葉の意味するところは次の2つになる。

 1、英雄(有名)になったから色を好む(女好き)ようになった。

 2、色を好むようなエネルギッシュな人だからこそ英雄になれた。

 さて、この場合、どちらが正解だろうか?

 「英雄色を好む」を字義通りに解釈すれば「」を表現したものなのだろう。しかし、よくよく考えると、英雄(有名)になったからといって誰もが好色になるわけではない。英雄になれば女性にモテるかもしれないが、必ずしも好色になるかと言えば、少し疑わしい。
 「英雄色を寄せる」(英雄になれば女性にモテる)なら正解かもしれないが、「英雄色を好む」(英雄になれば女好きになる)では無理がある。英雄にならなくても色を好む人は大勢いる。

 では、「」はどうだろうか? 「エネルギッシュな人だから英雄になれた」 もう少し具体的な言い方をすれば、「精力(性欲)が強い人だから英雄になれた」 これなら、なんとなく理解できる。「人一倍、欲が強い人であったからこそ英雄になれた」 これなら、誰も否定できないと思う。
 要するに、「英雄色を好む」という言葉は、「英雄」と「色」を置き換えることで、納得できる言葉に変化するわけだ。

 「長財布を持てば、お金持ちになる」というのもこれと一緒で、前後の言葉を入れ換えて「お金持ちであれば長財布を持つ」とすれば違和感なく聞こえる。もっとも現代のようなカード社会を通り越したキャッシュレス社会では、お札を入れる財布自体を持たない人も少なからず存在しているので、違う意味での違和感を感じる人がいるかもしれないが…。

 …と、ここで終わると面白くもなんともない。上記で述べたことはあくまでも常識的な一般論なので、どこか物足りなさを感じる。「偽」の部分の考察だけではアンフェアなので、以下で「真」の部分にも光を当ててみよう。

■「長財布を持てば、お金持ちになる」の本当の意味

 「お金持ちだから長財布を使うのだ」 これは結果論としてはその通りだろう。では、この言葉が本当だとするなら、彼らはお金持ちになったから長財布を使うようになったのだろうか? お金持ちになる以前は長財布を使っていなかったのだろうか?
 答えは、案外、どちらも「ノー」かもしれない。

 世の中には、「長財布を持てば、お金持ちになる」という言葉を聞いて長財布を買う人がいる一方で、そんな言葉を聞くまでもなく、自らの意思で長財布を使用している人がいる。この両者の違いとは何だろうか? それは一言で言うなら、メンタリティー(心の傾向性)の違いだと思う。この部分を考えずに「長財布を持てば、お金持ちになるというのはデタラメだ」と言うだけでは、あまりにも短絡的な意見だと言わざるを得ない。
 個々の人間のメンタリティーの違いにおける因果論の考察、少なくともこの部分にまで言及しないことには、この言葉の本質は理解できないのではないかと思う。

 私が思うに、お金持ちになる人の多くは、誰に勧められるのでもなく、誰に影響されるのでもなく、自ら長財布を選ぶというメンタリティーを有した人なのだろうと思う。(注意:全員が全員そうだというわけではない)

 「長財布を持てば、お金持ちになりますよ」と言われて、ホイホイと長財布を買うようでは既にメンタリティー的にお金持ちでは有り得ないし、そのようなアイテムを手に入れさえすれば運勢が変わるというような占いレベルの認識では、長財布を持ってもお金持ちになるはずがないので、トンデモ論だということになってしまう。その挙げ句、「長財布を持てば、お金持ちになる」という言葉は「お金持ちだから長財布を使う」という無難な結果論に翻訳されてしまうことになる。

 「長財布を持てば、お金持ちになる」 これは“偽”だ。
 しかしながら、「お金持ちだから長財布を使う」 これもただの結果論であり、因果論を無視しているという意味では“真”ではない。

 現代では必ずしも当て嵌まらないが、本当のところは、次のようなものではないかと思う。

 「現在、お金持ちであるないに拘らず、将来的にお金持ちになる人の多くは、自らの意思のみで自然と長財布を使うようになる

 「長財布」は、お金持ちになる手段でもなければ、お金持ちが目指す目的でもない。お金持ちになる原因は「長財布」という物体にあるのではなく、「人間の心」の傾向性にある。これなら、少しは納得できるという人もいるのではないだろうか?

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コメント

一生懸命ロジカルに考えられていますね。

さて、結論の
〉お金持ちになる人の多くは、誰に勧められるのでもなく、誰に影響されるのでもなく、自ら長財布を選ぶというメンタリティーを有した人なのだろうと思う。

こちらの論拠の記述がありません。
ここが、今回の話のキモになると思います。これの説明がないと、おっしゃっていたトンデモになりますが、いかがですか?

投稿: そう? | 2015年9月 4日 (金) 23時25分

>「お金持ちだから長財布を使う」 これもただの結果論であり、因果論を無視しているという意味では“真”ではない。

因果論を無視している?だれが?WW

「お金持ちは持ち歩く札も多い」→「だから長財布を使う」

因果関係あるがな。

投稿: | 2015年9月 9日 (水) 12時27分

帰納法と演繹法の勉強をしましょう

投稿: もう少しロジカルに | 2015年9月 9日 (水) 16時28分

笑ってもらおうとして書いているネタなんだよ

投稿: ちゃんと分かってやって | 2015年9月11日 (金) 22時20分

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投稿: | 2015年9月12日 (土) 18時12分

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