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2015年12月

BOOK『ケトン体が人類を救う』を読んで。

■「ブドウ糖」と「ケトン体」という2つのエネルギー

 久しぶりに糖質制限記事でも書こうかと思い、現在ベストセラーになっている『ケトン体が人類を救う』(宗田哲男著)を読んでみた。本書は先月(11月)に発売された本だが、12月初旬に数軒の書店を訪れても売り切れ(?)で置いていなかった。大型書店にも足を運んだものの、その甲斐なく、結局、アマゾンで購入した。

 本書は同じくベストセラーになった『炭水化物が人類を滅ぼす』(夏井 睦著)の続編的な内容の本になっており、より具体的(妊婦の糖質制限)な体験談を混じえて書かれているので、読み易い本だった。
 両書ともに進化論(仮説)にまで言及しているところは疑問符が付くが、読み物としては非常に面白い。

 『炭水化物が人類を滅ぼす』=『糖質過剰が人類を滅ぼす』

 『ケトン体が人類を救う』=『糖質制限が人類を救う』

 こう考えても、同じような意味合いの本になるのだが、本書のメインテーマは「ケトン体」であり、これまで悪者(?)扱いされてきた「ケトン体」というものに光を当てられている。

 自動車はガソリンを燃料とするガソリン車だけでなく、現代ではガソリンと電気をエネルギーとするハイブリッド車が人気だが、実は、人間の身体もブドウ糖のみをエネルギーにするのではなく、ケトン体というものもエネルギーにできるハイブリッドエンジンだった、否、むしろケトン体こそがメインのエネルギーだったというのが本書の要諦になっている。

■医者が知らないことでも身体はすべて知っている

 恥ずかしながら、私も数年前までは「人間の脳のエネルギーはブドウ糖のみ」という常識を疑わずに信じていた人間の1人であり、頭を使う仕事をする場合、糖分は多めに摂取した方がよいと思っていた。そのため、仕事の合間に飲むコーヒーには砂糖を多めに入れて飲むなど、今、考えると知らず知らずのうちに随分と無知な行動を実践していたものだなと思う時がある。
 そうは言っても、私の場合、糖分を採っていないというわけではなくて、普通に糖分は摂取している。単に過剰な糖分摂取を控えているというだけの超ゆるめの糖質制限者なので、糖質自体を絶対悪とまでは考えていない。超ゆるめの糖質制限でも、現在は理想体重をずっと維持している。どれだけ食べても太らないという学生時代のような身体になってしまったのは、ある意味で驚きであり、人間の身体というものは複雑なようでありながらも、実は単純に上手くできているものだと実感している。

 昔から、ボクサーの減量方法はカロリー制限であり、マンガ等でもその悲痛ぶりが描かれているが、糖質制限にすれば、もっと楽に減量できるのではないかと思ってしまう。

 かつての古代ギリシアで「医学の父」と呼ばれたヒポクラテスは次のような有名な言葉を残している。

 「医師が病を治すのではなく、身体が病を治す

 まさに至言であり、実際にその通りだと思う。人間は自分自身だと思っている自らの身体のことを何も知らなくても、身体は勝手に病気や怪我を治してくれる。どのような物質が身体に良いのか悪いのかを当の本人が知識として知らなくても身体はすべて知っている。栄養素はキチンと仕分けして吸収してくれる、腐ったものを食べれば、拒絶反応(=嘔吐)してくれる、身体に不要なものは便や尿として排出してくれる。
 このことは糖分についても同じことが言えると思う。これは半分は私の推論だが、糖質を過剰に摂取したとしても、身体はその全てを栄養として吸収するわけではなく、ある程度までは自動的に排泄してくれるのではないかと思っている。糖質制限をしている人は便が固くなり便秘気味になることは有名な話で、実際に私も経験したが、なぜそうなるのか?というと、余分な糖分を採っていないからだと思う。
 下痢になるのは、糖分自体が身体に吸収されずに便として排出されることにも関係があるのだろうと思う。その場合、人体は糖分を異物と判断し、大腸から水分が分泌されて下痢になる。無論、冷えなどで胃腸が正しく機能せずに下痢してしまうことや、ウイルスが侵入して下痢になることもある。
 便の固い・柔らかいは糖分の摂取量によって違ってくるということは実体験を通して認識することができたので、昔から言われているような「長いバナナのような便が健康の証」という言葉も、どこまで本当かは疑わしいと思っている。

■「脚気論争」と「糖質制限論争」の相似性

 自動車を人間の身体に喩えて言うなら、ハイブリッドカーに乗っている多くの人が、自分の乗っている車はガソリンでしか動かないと思っている。ガソリンが空になれば車は止まってしまうと思っている。
 人間の身体はガソリン(糖分)を満タン以上に入れ過ぎると、余分なガソリンを脂肪として蓄える機能を有しており、その蓄えられた脂肪をエネルギーに変える役割も有している。

 人間の脳は未だ謎に満ちた臓器であり未知な領域の多い神秘的な器官であるとも言われるが、人間の肉体自体も未だ解らないことだらけであり、現代の医療科学では解ることよりも解らないことの方が圧倒的に多い。どんなに権威を持つ医者であろうと科学者であろうと、人間の肉体を全て把握しているなどということはまず有り得ない。だからこそ、いつの時代でも真実が判明するまでは間違った医療知識が蔓延り、間違った治療方法の存在も許されることになる。

 そういう意味でも、本書に書かれていた「脚気(かっけ)論争」の論考は興味深かった。脚気という病気が昔にあったことは知っていたが、脚気になった人間は見たことがないので、あまり意識したこともなかったが、戦時中には多くの人が戦死ではなく、脚気で亡くなっていたとは知らなかった。具体的な死亡者数は以下にようになるらしい。

 ○日清戦争時
  戦死者453人

  脚気死亡者2410人/脚気患者48000人

 ○日露戦争時
  戦死者47000人

  脚気死亡者28000人/脚気患者212000人

 今でこそ、脚気で死亡するような人はいないが、昔は戦争で死ぬ人間よりも脚気で死ぬ人間の方が多かったというのだから驚きだ。
 日本の国民病だった脚気が必要以上に広まり長引いた背景には、「麦飯(ビタミンB1)が脚気に効く」という事実を無視し、麦飯を弾圧し、白米一辺倒にした当局に責任があったという史実は実に興味深い。現在の糖質制限否定派と当時の当局の姿勢をオーバーラップさせているところも面白い。

 まだまだ書きたいことは山ほどあるのだが、長々と書き過ぎるのもどうかと思うので、詳細は本書に譲ることにしよう。是非、多くの人に読んでいただきたいと思う。

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年賀ハガキの販売枚数を増加させる簡単な方法

■「年賀状の宝くじ化」という逆転の発想

 多忙な師走になり、今年も年賀状を書く時期を迎えた。年賀状を書く(出す)人が年々減少傾向にあることは言わずと知れたことだが、来年(2016年)用の年賀ハガキの発行枚数は約30億枚だったそうで、前年比で6%もダウンしたらしい。日本郵便は国民の「年賀状離れ」に待ったをかけるべく、人気アイドルグループの嵐をCMに起用し「年賀状ください」と訴えかけていたが、果たしてどれだけの効果があったのだろうか?
 2014年度からは年賀ハガキの賞品として初の「現金(1万円)」が加えられたが、あまり効果がなかったのか、2016年度は賞金額が10倍の10万円に引き上げられた。(無論、当選確率は10分の1になった)
 その効果のほどもあまり芳しくなかったようだが、正直なところ「インパクトが弱過ぎるのではないか」と思う。10万円程度で人心を動かそうとすることに無理があるとも言える。

 年賀ハガキの販売数が伸びないせいか、郵便局員には年賀状の販売ノルマというものがあることはよく知られており、自費で購入する「自爆営業」というものも社会問題化している。
 善いか悪いかはともかくとして、20年ほど前から流行りだした電子メールのおかげで、手紙を書くという文化が衰退してしまい、加えてデフレ社会におけるコスト削減意識が定着してしまったためか、年賀状そのものを無駄遣いと捉える向きもある。

 悲観的に考えれば、年賀状文化の先行きには暗雲が棚引いているかに見えるが、実はこの年賀状文化を再び、発展・隆盛させる簡単な方法がある。その方策を講じれば、間違いなく年賀状の販売枚数は増加する。その方策とは何かというと「年賀状の宝くじ化」である。

 「えっ? 年賀状って、もともとお年玉くじが付いているのではないの?」と思った人がいるかもしれない。しかし、ここで述べているのは、そんなスケールの小さな話ではない。「年賀状にお年玉を付ける」という発想ではなく、「宝くじに年賀状を付ける」という逆転の発想、それが「年賀状の宝くじ化」である。

■「年賀状の宝くじ化」を邪魔するものはない

 現在の年賀ハガキを1枚10円値上げして、その値上げした分を宝くじ化(ギャンブル化)すればいい。今年で30億枚売れたということは、1枚10円の値上げで300億円調達できるわけだから、そのお金を全て宝くじの賞金とすればいい。1億円300本でもいいし、1000万円3000本でもいいと思う。
 無論、一般の宝くじのようなテラ銭は抜きで実施することが望ましい。偽装防止処理で少し予算が必要かもしれないが、その分は販売数増加で儲けたお金を充当すればいいと思う。年賀ハガキ発行枚数は30億枚から50億枚以上に激増するだろうから、テラ銭を取らなくても充分に利益は出ると思う。

 現在(2016年度)は年賀ハガキ100万枚に1枚の割合で10万円が当選することになっている。30億枚販売すれば(30億枚÷100万枚=)3000本の当選が出るということなので、(10万円×3000本=)計3億円分が賞金金額になっていることになる。
 この計算で考えれば、現在は年賀ハガキ1枚当たり10銭しかギャンブル化されていないことになる。これを1枚当たり100倍の10円に増やせばいい。1枚10円分のコストは消費者が支払ってくれるので、何の問題もない。

 「10円も値上げすれば逆に売れなくなるのでは?」と思った人がいるかもしれないが、その心配はない。年賀ハガキを買わなくなる人よりも買う人の方が増えるはずなので、ノープロブレムだ。日本は、1枚300円もする紙切れ(宝くじ)にホイホイお金を出す人が大勢いる国なので、ハガキとして使用できる価値ある年賀ハガキに60円程度支払うことを厭う理由はない。300円で5枚も買える宝くじを「高い」と感じるギャンブラーはほとんどいないはずだ。

 「年賀状文化にギャンブル性を持ち込むとは何事か!」と憤る人もいるかもしれないが、そもそも年賀状は昔からギャンブル要素を抱えているものである。賞金10万円までならよくて、1000万円になればギャンブルだと言うのでは可笑しい。

 「年賀状を宝くじ化すれば、年末ドリームジャンボ宝くじが売れなくなるではないか!」という販売者側の意見もあるかもしれないが、年賀ハガキを10円値上げした程度で宝くじを買わなくなる人がいるとは思えないので、これも杞憂だろう。

■「年賀状の宝くじ化」で景気もよくなる

 年賀状を宝くじ化することにおけるメリットは計り知れない。少し列挙すると、

 1、余っても宝くじとしての価値は残るし、ハズレてもハガキとして利用できるので、損失感が少ない。

 「宝くじ」という価値を付加すれば、必要枚数キッチリでセコセコ買う必要がなくなるので販売数は更に伸びる。

 2、年賀状の返事が返ってくるようになる。

 毎年、年賀状を出しても返ってこない人がいるが、そういった人も年賀状を返すようになる。なぜなら、もらう物は「年賀状」ではなく「宝くじ」という認識になるので、ギブアンドテイク感が強くなるため。当選すれば1億円にもなる価値ある物をもらって、何も返さないというのは、さすがに気が引けるという人が出てくる。
 当選した人は、年賀状をもらった人に数%の報酬を返すというルールを(もちろん任意で)設けてもよいと思う。1億円当たった人は、100万円(1%)を相手にお返しするような決まり事が習慣化されれば、年賀状を出す(書く)人はもっと増える。

 3、郵便局員が自爆営業をせずとも、郵便局の前に行列ができる。

 自爆営業のストレスで病気になるような人がいなくなるのは良いことだ。

 4、関連会社(印刷会社や製紙会社 etc.)の景気も良くなり、雇用も増える。

 その他諸々、数え挙げればキリがない。

■「年賀状の宝くじ化」で億万長者が生まれる時代

 年賀状の文化が衰退し始めて早20年、多くの人はネット社会の前では、この衰退に歯止めをかけることはできないと思いがちだ。しかし、紙という媒体を変えることができなくても、制度を変えれば、まだまだ衰退せずに発展できる。年賀ハガキの賞金を大幅に上げて、人々の認識を「年賀ハガキ」から「宝くじハガキ」に上書きすることができれば、年賀状文化はこの先、人口が減っても数十年は安泰だろう。

 ネット社会で人々は、お金が有るにも拘らず、お金を使用しなくなった。無料で手に入るものまであるため、気が付かないうちに値段ばかりを気にするような守銭奴と化しているような人も大勢いる。そんな社会では、人々にお金を使わせることをまず考えなければいけない。そのためには、言葉は悪いかもしれないが、人間の欲望(この場合は金銭欲)を利用するのが1番てっとり早い。
 先にも述べた通り、そういった欲望を目の敵にして「けしからん」と言うような融通の利かない頭の固い人々が年賀状文化を破壊することになるのである。

 これまでは、株で億万長者になる人や、宝くじで億万長者になる人はいたが、これからは年賀状で億万長者になる人がいてもいい。年賀状で1億円当選して人生が変わる人がいてもいい。毎年、そういった幸せな人を数百人、数千人出していくことで、自然発生的にトリクルダウンが生じて景気も良くなっていく。

 日本郵便(日本郵政)も今年、上場企業となったわけだから、これまでのように地味な景品や賞金に囚われずに大々的に変革を行った方が良いのではないかと思う。来年は上場1周年記念として「年賀状の宝くじ化」を目指してもらいたい。
 来年の年賀状CMは「年賀状ください」ではなく「宝くじください」になることを願う。

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