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「トリクルダウン」の理想と妄想と現実

■理想のトリクルダウン図

 前回の記事では少しだけ「トリクルダウン」について触れたものの、文章だけでは説明するのもイメージするのも難しいと思われるので、今回はイラスト入りでもう少し具体的に説明してみたいと思う。

 まず、次の図を見てほしい。

Wine001_2

 この図は、一般的なトリクルダウン図…と言うよりも、経済の理想的な循環図をも表している。
 シャンパングラスの中に入っている赤いワインは「お金」を意味し、シャンパングラスから外に流れ出たワインは「消費」に変化し、下のシャンパングラスに流れ入った時点でまた「お金」に姿を変える。
 人々が必要以上にお金を貯め込むことなく、消費(および投資)を滞りなく行うのならば、この図のようにお金は無駄なく循環する。

 仮に、1つのシャンパングラスに100ml入ると考えると、15杯全てのシャンパングラスを満杯にするためには計1500mlのワインが必要ということになる。その1500mlを効率よく循環させるためには、もう少し余分なワインが必要になる。それが最下部のお盆に溜まったワインであり、ワインボトルの中のワインでもある。その余分なワイン量が1000mlだと考えれば、合計2500mlのワインがあれば、延々と循環は繰り返されることになる。これが、理想的な経済循環の姿でもある。
 もし、このような理想的な経済状況であるなら、そこに追加でワインを足す必要はない。そんな状況でワインを追加すれば、せっかくの好循環に水を差す(支障をきたす)ことになる。

 勘の鋭い人なら、もうお気付きだと思うが、これは金融緩和の是非を説明する場合でも重要なポイントとなる。もし、本当にこのような理想的な経済状況が実現されているのであれば、金融緩和は必要ないということになってしまうが、実際はそうはなっていない。

■現実のトリクルダウン図

 前回の記事では言葉だけで説明させていただいたが、日本のトリクルダウン図は、実際は次の図のようになっている。

Wine002

 この図はよく見ると、最も上のシャンパングラスは小さく、下側に行くに連れてシャンパングラスのサイズは大きくなっている。各々のシャンパングラスに入っているワインの量は「資産」を意味し、シャンパングラスの大きさは、どこまで資産を貯め込めば消費に向かうかという人間の貯蓄欲の大きさを表している。

 元々、資産の多い人々はシャンパングラスを満杯に満たすのも早く、ワインが滴り落ちるのもアッという間だが、資産を持たない(あるいは借金のあるような)人々のシャンパングラスを満杯にするのは容易ではなく膨大な時間を要することが分かると思う。1番下にあるシャンパングラスを満たし、そこから流れ出たワインがお盆を満たし好循環サイクルを形成するに至るのは非常な難題であることは誰にでも理解できると思う。

 その好循環に至る1つの方法論(苦肉の策)が、金融緩和であるわけだが、いくら国が金融緩和しても(=ワインの量を増やしても)、国民の側が金融を引き締めている(=シャンパングラスが満杯にならないと思っている)ような状態なので、トリクルダウンは起こらないように見えてしまう。

■妄想のトリクルダウン図

 「トリクルダウン」を否定している人々が思い描くのは、おそらく次のような図だろうと思う。

Wine003

 「一部の富裕層だけが富を独占している」というようなことを言っている人々が頭に描いているのが、ちょうどこんな図になるのかもしれない。
 「アベノミクスは富裕層優遇政策だ」と言っているような人々の頭の中にも、このような図が浮かんでいるのだろうと思われるが、金融緩和が予想通りに機能しないのも、トリクルダウンが発生しないように見えるのも、原因はアベノミクスにあるのではなく、本当の原因は、先行きが見えないという不安から必要以上にお金を貯め込み、消費(や投資)をしようとしない人々(つまり、シャンパングラスの大きい人々)の心理状態にある。
 これを変えることができない限り、経済の好循環は生まれない。

 「景気が悪い」「景気が悪い」と言いながら、自らは率先してお金を使わず、誰かが大々的にお金を使ってくれることを待っている。本当は「景気が悪い」と言っている人々も、同じようにお金を使っていかなければ景気が良くなっていかないということは、子供が考えても解ることだと思われるのだが…。

 経済のグローバル化、インターネット化、デジタル化によって、ただでさえデフレ圧力の強い社会環境であるにも拘らず、多くの人々が進んで消費や投資を行わない。だから、国が率先して金融緩和しなければならなくなるのだが、そのお金も底無し沼のような巨大なシャンパングラスに吸い込まれてしまえば、どれだけお金をバラまいても(=ワインを増やしても)効果は乏しいということになってしまう。
 国が金融を緩和しても、国民の側が金融を引き締めているわけだから、一般庶民が景気が良くなったというような実感を感じられないのは至極当然の帰結だとも言える。
 消費意欲の強い上側のグラスだけでトリクルダウンが発生し、下側のグラスはその光景を眺めているだけということになってしまう。

 以上のように考えると、このような経済状況下で消費税を上げることの愚かさがよく解ると思う。
 国民がせっせと金融引き締めを行っている時に、同じように国が金融の引き締めを行えば、どうなるか? トリクルダウンが機能しないのは当たり前の話だ。しかし、それはアベノミクスが悪いのではなく、お金が動かない社会、ひいては国民の側の問題でもある。

 貯蓄欲だけが旺盛で消費意欲の減退した現在の日本の経済状況を根本的に変えない限り、どれだけお金を刷ってもハイパーインフレになどなるわけがない。なぜそう言えるのかは、この歪なトリクルダウン図(妄想図ではなく現実図)を見れば、理解していただけるのではないかと思う。

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