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2016年2月

「貸し金庫業者」となった日本の銀行

■定期預金者がいなくなる時代

 日銀がマイナス金利を発表した後、日本の銀行は挙って預金金利を現行の半値以下に引き下げた。今後は普通預金金利が0.001%、定期預金金利が0.01%というのが平均的な水準となるらしい。
 様々なニュースやブログで報じられているので、今更、書くまでもないのだが、備忘録として具体的な金額を表記しておくと以下のようになる。

 100万円普通預金すると、年間10円(税引8円)の金利

 100万円定期預金すると、年間100円(税引80円)の金利

 こうなると、もう利子は無いと思った方がよいかもしれない。元々、雀の涙にも満たなかった低金利が、蟻の涙レベルにまで下がってしまったと言っても決して言い過ぎではないと思う。ここまで低金利だと、企業の給料振込制度も、そのうち現金手渡し制度に先祖返りしてしまうのではないかと思われる。預金金利は下がってもコンビニ等のATM手数料は下がらないので、普通預金はともかく、定期預金するような人はほとんど誰もいなくなるのではないだろうか。

 バブルの頃は、100万円を定期預金すると、10年間の複利で1.5倍以上になるというような景気の良い話もよく聞かれた。1億円を定期預金すると、年間4〜500万円の金利が付いたそうなので、その金利だけで生活しているという人もいたらしい。ちなみに、バブルの頃(1990年)の預金金利は以下の通り。

 100万円普通預金すると、年間2万円(税引前)の金利

 100万円定期預金すると、年間6万円(税引前)の金利

■銀行の役割は既に「貸し金庫」になっている

 今後は、1億円定期預金する人がいたとしても、年間利息は1万円(復興特別所得税0.315%も含めると手取りで7,968円)にしかならない。もっとも、余剰資金が1億円もある人なら普通は株式投資でもすると思う。どんな暴落相場でも長期的に買い下がる勇気と含み損に耐える忍耐力と銘柄のスクリーニングさえしっかりしていれば90数%は勝てる(と思われる)ので、数%程度のリスク管理ができる人であれば、端からゼロリスクの超低金利預金などに興味は無いかもしれない。

 優良企業の株式配当金が年率2〜3%程度と考えても、1億円で年間200〜300万円の配当金があるわけだから、数%のリスク管理報酬と考えれば、充分なリターンだ。
 しかし、そんな人(余剰資金が1億円もある人)は人数的にも限られているので、マイナス金利で余剰資金が直ぐさま株式投資に向かうという考えは少々、短絡的過ぎるかもしれない。
 「日本の株式市場は世界一不安定な市場」とも揶揄される通り、短期的に見れば、ただの博打市場と化している(空売り比率が常時40%以上というのがその証拠)ので、少額の投資はリスクが高過ぎるとも言える。
 日本人のマスコミ情報に流され易い付和雷同気質とパニック気質を利用して利鞘を稼いでいる投機筋もいるようなので、そんな市場にノコノコ参入しても、パニック売りさせられるのがオチかもしれない。

 ただ、銀行の預金金利が暴落したという理由で、余剰資金までもわざわざ銀行から引き出そうとする人はあまりいないのではないかと思う。現在でも多くの人々が銀行にお金を預けているのは、金利目当てではなく、「お金を安全に預かってもらう」という理由のためであり、貸金庫的な意味合いで利用している人がほとんどだろうと思う。

 マイナス金利発表後は、自宅に置く金庫がバカ売れしているそうだが、金庫が有ることで逆に泥棒に入られ資産を失うリスクは高まるし、火事や地震などの天災で金庫ごと失うという事態も全く起こらないとは言えないので、今後も銀行をお金の貸金庫として利用する人は一定数いると思う。そのうち、手数料だけでなく貸金庫料も請求されるかもしれないが…。

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BOOK『あの日』を読んで。

■事実は報道よりもシンプルだったSTAP細胞事件

 先月末に急遽発売され現在ベストセラーとなっている小保方晴子氏の手記『あの日』を購入した。
 発売当初からいろんな書店に足を運んでみたのだが、どこの書店でも売り切れで、アマゾンでも売り切れ状態だったので、増刷待ちの状態が続いていたが、ようやく入手(結局、アマゾンで購入)することができ、読み終えた。

 長らくベールに覆い隠され見えなくなっていたSTAP細胞事件の真相(経緯と顛末)が当事者である小保方氏本人の口から語られた意義は大きい。推測や憶測だけで書かれた書物とは、その重みが全く違う。全てを失った小保方氏の魂の叫びとも呼べる手記だった。
 ここでは詳細は書かないが、実際、その内容は驚くべきものであり、これまで朧げながらにしか見えなかった疑問点が氷解し、多くの謎が解明されたと言っても過言ではない。本書に実名で登場した多くの関係者から反論と呼べる反論が出ていないところを見ても、本書に書かれていることがフィクションでないことを物語っている。

 先月末の時点では、小保方氏の手記が出版されるというニュース記事が報じられたが、なぜか発売後は、急に静まり返ってしまい、ほとんど報じられなくなった。
 推測するに、おそらく、発売前は「どうせ言い訳がましい手記だろう」と高を括っていたマスコミ関係者が、いざ発売されて読んでみると、あまりにも理路整然と赤裸裸に書かれた痛ましい手記に唖然としてしまった格好だろうと思う。事件当時に小保方氏に対し罵詈雑言を浴びせかけていた言論人の多くも臍を噛んでいるのか、黙りを決め込んでいるかに見える。

■公然とストーカー行為を行うマスコミの罪

 マスコミ報道とは裏腹に、アマゾンのレビュー欄を見ても評判は上々のようで、現在のレビュー数は500に迫る勢いだ。

 中でも興味深かったのは、著名人である小谷野 敦氏がレビュー欄でお詫びを書かれていることだった。
 言論の自由を履き違えた無責任な言論人は、好き勝手なことを言うだけで、他人の心に取り返しのつかないほどの傷を負わせる発言を行っても何の謝罪もないが、そんな中にあって小谷野氏のこの姿勢はご立派だと思う。

 笹井氏が自殺に追い込まれた最大の理由も本書にはそれとなく書かれてあったが、STAP細胞の有無に関係なく、マスコミの人権を無視した報道姿勢は看過できるものではなく強い憤りを感じた。
 本書を読むと、マスコミの(一部の)記者というのは公然とストーカー行為を行っているようなものだと思わざるを得なかった。己の思い込みから、自らを正義の仕置人と勘違いし、間違った正義の名の下に人権を踏みにじる行為を平然と行っているわけだから、その悪鬼の如き所業は罪深いと言わざるを得ない。本書を読まれた多くの人がそう感じたことだろう。

■笹井氏が述べた科学者の本分

 本書を読んで、小保方氏が優秀な科学者であり、努力型の天才肌の人物ということがイメージできた。同様に笹井氏も科学者として純粋で非常に有能な人物だったことが窺え、死を選ばなければならないほどに追いつめられたことが残念に思えた。

 本書の中に書かれていた笹井氏の次の言葉が印象的だった。

 「僕はね、科学者は神の使徒だと思ってるんだ。科学の神様はね、時々しか見せてくれないんだけど、チラッと扉の向こうを見せてくれる瞬間があってね、そこを捉えられる人間は神様に選ばれているんだよ。だから真の科学者は神の使徒なんだ。その美しい神の世界を人間にわかる言葉に翻訳するのが科学者の仕事なんだよ…(以下省略)」

 まさに真の科学者でしか到達しえない境地であり、素晴らしい至言だと思う。同じく本書の中にあったが、「こんなどろどろした業界なかなかないぞ」という言葉のような世界にあって、これだけの認識力を持った有能な科学者を失った日本の科学界の損失は大きいと言わざるを得ない。

 小保方氏が当ブログを読まれることは多分ないだろうけれど、最後に、私なりのアドバイスを書きとめておきたいと思う。

 「多くの心ない人々があなたを批判し非難したことで、あなたの心は大きく傷付き、名状し難い悲しみと絶望感に襲われたことと思いますが、そんな腐ったかに見える社会でも、素直な目であなたを正しく見ている人間も大勢いることを忘れないでください。本書を発刊されたことが契機となり、更に多くの人が幻想から目を覚ますことでしょう。きっといつかまた、ピペットマンを持ち、科学者として認められる日が来ることを信じて頑張ってください。」(自由人)

【お詫びと訂正】

 文中の「科学者は神の使途」は「科学者は神の使徒」の間違いでした。訂正してお詫びします。今朝、会社で気が付いていたのですが、知らせていただいた2人方(マルドメ、コスモス様、多次貞二)有り難うございました。

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「比較的安全な資産」という言葉

■「比較的安全な資産」とは?

 日銀が「マイナス金利」を発表後、一時的に円安に戻したものの、なぜか急激な円高になってしまい、黒田氏は豆鉄砲を喰らった格好になってしまったようだ。円高になった理由は様々だが、最近毎日のように耳に入ってくる言葉がある。それは、「比較的安全な資産」という言葉だ。

 この言葉は、毎度、円が買われる(円高になる)度にアナウンスされる。ニュースを観ていても「比較的安全な資産である円が買われ…」と判でついたような決まり文句が耳に入ってくる。
 「マイナス金利」の発表後は、「比較的安全な資産である」だけでなく、「比較的安全な資産である国債」という言葉もよく聞かれるようになった。

 この「比較的安全な資産」というのは、「戦争やクーデターなどが起こらない平和な国の安定的な資産」という意味合いで使われているそうだが、本当にそんな理由だけで円(や国債)が買われているのかは甚だ疑問ではある。

■最小不幸社会思考の「国債買い」

 日銀の思惑では、マイナス金利を導入すると、銀行が日銀にお金を預ける意味が無くなる(逆に利子の支払いが生じるため)ので、投資活動が活発になるという算段があったのだろうと思う。
 確かにこれは理屈の上ではその通りだと思われるのだが、残念ながら日本ではそういった世界標準の理屈が通用しなかったということなのかもしれない。そのうち軌道修正されるかもしれないが、少なくとも、短期的には裏目に出てしまった格好だ。
 日銀にお金を預けているだけで濡れ手に粟で利子収入を得ている銀行が、直ぐさま、まともな投資活動に切り換えられると考えるのも楽観的過ぎるかもしれないが…。

 現在、10年国債を買ってもプラスにならないことが判っていながらも、国債が売れるという異常事態が発生している。その理由というのが、「株を買って大損するより、少しの損なら国債を買う方がまし」という極めて後ろ向きな思考が元にあるらしい。

 これは言うなれば「最小不幸社会思考」とも言えるだろうか。幸福にはなれなくても、最小の不幸なら受け入れるという意味では、極めて自虐的なリスクヘッジ思考とも言える。

 しかし、よくよく考えると、これは「清貧の思想」が根付いた日本でしか有り得ない行動様式だろうと思う。「大損するなら少損の方がよい」という、どちらに転んでもプラスにならない選択肢が、プラスになるかもしれない選択肢よりも優先されるのだから、日本社会では投資理論などは全く役に立たないと言えるのかもしれない。

 世界標準の理屈が通じない日本社会では、豆鉄砲的な「マイナス金利」よりも、判り易い「バズーカ砲」の方が良かったのかもしれない。

 皮肉はこの辺にして、実際のところは、「断固として急激な円高は避ける」と世界に向けて意思表示するのが1番安全で確実な方策だと思う。戦わずして勝つ、本物の策士ならそうあるべきだ。

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