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「iPhone」という名の禁断の果実

2016031801■iPhoneは高額なのか?

 「モノが売れなくなった」と言われて久しい。昔(高度経済成長時代)と違って現代は「買うモノが無いからお金が動かない」ともよく言われる。家は買えない、車は乗らない、家電は全て揃い、パソコンは使わなくなり、本は図書館、マンガはレンタル、買うモノと言えばスマホしか思い付かないという人も案外多いのかもしれない。

 そんなモノが売れない時代にあって、バカ売れしているのがアップルのiPhoneだが、随分前から、次のような意見をよく耳にする。

 「デフレでモノが売れないと言っても、iPhoneは高額でも売れている。モノが売れないのは、買いたいと思う商品が作れないからだ。

 要約するに、「消費者の需要が満たせていないから、モノが売れないのだ。」ということなのだろうけれど、iPhoneに限って言うなら、これは少し違うのではないかと思う。

 まず、iPhoneは高額か?というと、高額とは思えない。「1台10万円」と聞けばイメージ的には“高い”となるのかもしれないが、費用対効果を考えると10万円でも破格値だと思う。これはiPhoneだけに限った話ではなく、iPhone以下の価格で販売されているスマホも同様で、利用する用途を考えれば(スマホにできることを数え挙げれば)、数万円という価格は激安だと思える。
 スマホがパソコンの代用品として利用できることは言うまでもないことだが、その他にも10点ぐらいの用途なら簡単に列挙できる。

 1、電話
 2、カメラ
 3、音楽プレーヤー
 4、ゲーム機
 5、電子手帳(スケジュール帳)
 6、カーナビ
 7、電子辞書
 8、時計(目覚まし時計)
 9、サウンドレコーダー
 10、電子ブック

■iPhoneはなぜ売れるのか?

 単純に、上記の10点だけでも一昔前であれば、全て揃えるとなると、数十万円になる。
 20年前ならインターネットもろくにできないようなパソコンでも30万円は当たり前だったことを考えると、高性能なマルチネットパソコンであるスマホが10万円以下で買えるのは、当時を知る人間なら、誰もが安いと思うだろう。

 「iPhoneは高額でも売れる」と言っても、数十万円なら売れるだろうか?

 「あなたはiPhoneが50万円なら買いますか?

 ほとんどの人が返答に窮するのではないかと思う。

 20年前の価値認識なら50万円でも売れるかもしれないが、デフレが定着した現代の価値認識では、あまり売れそうにない。昔のMacintoshはベラボウに高額な舶来マシンだったが、一部のマニアには売れた。同じように、iPhoneが50万円ではほとんどの人は見向きもしなくなり、一部のマニアにしか売れなくなるだろう。

 では、iPhoneが10万円なら、なぜ飛ぶように売れるのか? それは単純に、費用対効果が抜群に良いからだろう。
 つまり、iPhoneは「値段が高くても売れる」のではなく「価値が高いから売れる」のであり、換言するなら「安いから売れている」のである。

 どんな商品であれ、消費者の需要さえ満たせば必ず売れるというわけではなく、需要以前に費用対価値を満たせなければ売れるとは限らない。iPhoneもその他多くの商品と同様、価格以上の価値を満たせなければ売れないという意味では同じであり、決して例外的な商品ではない。1つのアイテムに詰め込めるだけの価値を詰め込み、本来の価値以下の安価な価格で提供している商品だと考えれば、まさにデフレアイテムの象徴だとも言える。

■アップルのロゴマークが意味する未来

 ちなみに私もiPhoneを使用している1ユーザーだが、このiPhoneという端末は、良い意味でも悪い意味でも、スティーブ・ジョブズ氏がこの世に残した置き土産的な存在となってしまった感じがする。この1台の端末を手に入れれば、今まで需要のあった、あらゆるアイテムが必要無くなり、ますますモノが売れなくなった。
 そういう意味では、まさしくアップルの名に相応しい「禁断の果実」だったと言えなくもない。

 アップルの社名の由来は、スティーブ・ジョブズ氏の伝記に書かれてあるそうだが、未だ真相は謎のままとも言われている。

 アップルの元々のロゴマークはニュートンのリンゴだったそうだが、意味深な齧(かじ)ったリンゴマークに変更されてからは、ロゴの由来にまつわる様々な仮説(珍説)が登場してきた。
 その中でも面白いのが、「禁断の果実(林檎)」説であり、現代の情報化社会を風刺する意味では、あながち外れてもいないかなと思えるようになってきた。

 街中で多くの道行く人々がその手に、齧(かじ)られたリンゴマークの付いたiPhoneを持っている姿を眺めていると、まるで、エデンの園にあったとされる知恵の樹からもぎ取られた「禁断の果実」を手にしている人々の姿がオーバーラップするかのようだ。
 現代人は、「iPhone(スマホ)」という名の禁断の果実に手を出してしまったことで知恵を得たが、その知恵を得たせいで、モノが売れない時代に更に拍車がかかるという予期せぬ事態を招いてしまった。

 アップルのロゴマークには、そんな予言的な意味が込められていたと考えられる時代に、ようやく我々は追い付いたのかもしれない。Apple創業時(40年程前)にスティーブ・ジョブズが描いていた未来とは、「禁断の果実」を手にした未来人(我々)の姿だったのかもしれない。
【無論、これも仮説(珍説)です。】

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コメント

珍説ですね

iPhoneのせいで、モノが売れなくなった、というのは笑えます

投稿: おっしゃる通り | 2016年3月19日 (土) 20時13分

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