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ギブ&テイクの経済学

■デフレが生み出した拝金主義者

 景気が良くなっているのか悪くなっているのか、本当のところがイマイチよく分からないこの国では、相も変わらず1円でも安いモノを欲しがるというデフレ思考が蔓延している。
 仕事にしても、買い物にしても、食事にしても、兎にも角にも1円でも安い方に重きを置き、品質の高低よりも先に価格の高低だけに注目が集まる。多くの消費者は生産者から1円でも多くの富を奪うことをもって良し(=生産者は儲けてはいけない)とする価値観を盲信しているかに見える。
 最近、取り沙汰されている車の燃費不正問題も、車の性能やデザインよりも、まず、燃費(1円でも安いお金)に重きを置く社会であるからこそ発生した不正問題だとも言える。

 よくよく観察していると、どうも、かつてマルクス思想に嵌った人ほど、デフレを好む傾向にあるようで、マルクス主義から脱したと思っている人の中にもデフレを好む人が多いのは偶然ではないような気がする。

 “お金儲けは悪いことだ”という貧しい思想を内包したデフレ教(拝金教)に身も心も被れてしまった人々がそこかしこに跋扈しており、逆に生産者に1円でも多く儲けてもらうことを喜びとするような気前の良い消費者は、この失われた20数年来、どんどん減少しているかのようにも感じられる。

 デフレ思想は、利益という名の空気を真空に近付ける役目を果たした。それゆえに、その薄くなった空気の中で窒息しそうになった人々は、我れ先にと空気を奪うことに専心し、自分さえ良ければ他人はどうでもよいという利己主義者を数多く生み出した。その歪んだ思想が日本経済に必要以上のダメージを与えてきただろうことは想像に難くない。

■「Give and Take」思考のススメ

 Give and Take(ギブ・アンド・テイク)という言葉は有名で、ギブ(与える)とテイク(得る)は一対のものと考えている人は案外多いのではないかと思う。しかしなぜ、Give and Takeとは言うのに、Take and Giveとは言わないのか?と不思議に思わないだろうか?

 経済的に考えると、
  Take only(テイク・オンリー)とは、「泥棒」を意味し、
  Give only(ギブ・オンリー)とは、「ボランティア」を意味する。

 では、Give and Take と Take and Give の違いとは何だろうか?

 Give and Takeは、「持ちつ、持たれつ」とか「お互いに譲り合う」というような関係だと思われがちだが、実際のところは、「与えよ、さらば与えられん(与えよ、さらば得られん)」という宗教的な意味合いの言葉が込められているらしい。

 ここで重要なことは、単に「与えたから得られる」というような意味ではなく、「見返りを求めずに与えた人間だけが、自然と(見返りを)得ることができる」という意味になる。だからこそ、Take and Give(与えられたから与える)という見返りを含んだ言葉は使われないのかもしれない。

 先のデフレ思考に話を戻すと、現代の日本で幅を利かせている安値競争に重きを置く人々などは、まさしく「見返り」を求める人々だということがよく分かる。 
 「1円でも安くしなければ、お金を払わない」という考えは、Take and Give思考であり、Give and Take思考とは言えない。そもそも、「お客様は神様だ」というような思い込みがどこかに有る場合、それは端から対等の立場にないということだから、Give and Take思考では有り得ない。

 Give and Take思考とは、「1円でも多く儲けてもらうことで巡り巡って富が返ってくる」という原因結果の因果を理解したマクロ思考のことであり、これが足りないがために、日本経済はいつまで経ってもデフレから脱却できないのかもしれない。

 念のため、お断りしておくと、ここで述べているのは「消費者が生産者にお金を恵まなければならない」というような意味ではないので、誤解のないように。(無論、品質を無視せよという意味でもない)

【追記】2016.05.23

(BLOGOS転載記事の反論コメントに対する反論になります)

>燃費はクルマの性能そのものだ。

 「燃費性能」という言葉もある通り、それはその通りなのですが、車にはその他にも様々な性能があります。交通事故が起こった時の安全性や、長時間ドライブする時の快適性など、数え挙げればキリがないほどの比較するべき性能があります。しかし、そういった価格として判定するのが難しい性能よりも、目先の燃費性能ばかりに目がいくのは、明らかに全体的な品質よりもお金に囚われている証左ではないでしょうか?ということ。

 「燃費はクルマの性能そのもの」と言われても、車種によって燃費は大きく変わってきますし、燃費の安い軽自動車が最も性能が良いというわけでもありません。車の価値を計る1つの指標に過ぎない燃費性能だけに拘ることに不自然さを感じるというだけの話です。

>拝金主義者がデフレを生み出すのであって、デフレが拝金主義者を生み出すわけではない。

 拝金主義者なんていうものは、古今東西を問わず何時の時代にも存在しています。もし「拝金主義者がデフレを生み出す」のであれば、いつの時代も世界中が永遠にデフレということになってしまいます。

 私が述べているのは、「デフレ思想が生んだ拝金主義者」という限定的な意味なので、「デフレ思想」が存在しなければ生まれない拝金主義者という括りになります。よって、論理的には「拝金主義者がデフレを生み出す」とはなりません。

 卵が先か、鶏が先かの話になってしまいますが、デフレ思想が拝金主義者を生み出し、その拝金主義者がデフレを生み出す。問題はその無限ループが生まれる背景にあるのであって、どちらか(拝金主義者 or デフレ)一方だけに問題があるわけではありません。これは「企業」と「消費者」の間でも言えることです。

>企業の利益率は上昇し、企業の内部留保は増え続けている。

 日本全体としての企業の内部留保が増加しているのは間違いありませんが、それは景気の良い企業(主に大企業)に限った話であって、大部分の中小企業では今時、内部留保などという概念とはほとんど無縁だと思います。内部留保どころか採算ギリギリで経営している中小企業は山のようにあります。

 「企業の内部留保」というより、「一部の景気の良い企業の内部留保」としなければ、あまりにも大雑把過ぎて現実味が感じられません。と同時に、一部の景気の良い企業が内部留保を取り崩しても、日本全体の給与所得者の給料が上がるわけでもありません。

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コメント

〉逆に生産者に1円でも多く儲けてもらうことを喜びとするような気前の良い消費者は、この失われた20数年来、どんどん減少しているかのようにも感じられる。

たとえ話なのでしょうが、20年以上前にも、そんな人はいたのでしょうか?


〉よくよく観察していると、どうも、かつてマルクス思想に嵌った人ほど、デフレを好む傾向にあるようで、

マルクス思想に嵌った人なんて、60歳以上じゃないですか?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時08分

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