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100周年を迎える「1日8時間労働」

■二兎を追う「働き方改革」の矛盾

 衆院予算委員会において、安倍総理は「働き方改革」における同一労働同一賃金の実現と、長時間労働の是正を訴え、「今年度内に具体的な実行計画をとりまとめたうえでスピード感をもって国会に関連法案を提出する」と述べた。

 安倍総理が口にしたことは不思議と実現してしまうことが多いようなので半分は期待したいところだが、「同一労働同一賃金の実現」と「長時間労働の是正」という2つの目的をどのように両立するのかは謎であり疑問でもある。
 普通に考えれば、正社員の労働時間(残業時間)を減らし、給料も減額する方向での調整を行わない限り不可能だと思えるのだが、何か奇策でもあるのだろうか?

 「同一労働同一賃金」についてはこれまでにもいくつかの記事で触れてきたが、冷静に考えれば考えるほど、あまりにも現実離れした夢物語のような課題だと思えてしまう。スローガンを掲げることは大事なことだと思うが、日本で「同一労働同一賃金」を実現するには少なく見積もっても数十年はかかるのではないだろうか。
 欧米では既にある程度実現していることだとはいえ、日本で同じようなことが本当に(しかも短期間で)実現できるのかは甚だ疑わしいと言わざるを得ないと思う。

 その証拠に、自民党の「一億総活躍プラン」の中には次のような文章がある。

>「同一労働同一賃金の実現に向けて、我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、躊躇なく法改正の準備を進める。

 現状の正社員待遇を十分に維持したまま、同一労働同一賃金を目指すとなると、非正規待遇を大幅に上げるしか方法が無い。つまりは非正規社員の正社員化しか方法が無いことになるが、全国全社的にこれを行うのはどう考えても現実味のない禁じ手であり、日本経済の崩壊に繋がりかねない悪手だと言える。

■耐用年数を迎えた「仕事に8時間」というスローガン

 そもそも「同一労働同一賃金」とは何か?と言えば、「能力給」のことである。なるほど、確かに「能力給」であれば、年齢も学歴も性別も縁故も関係がない。個人が行う仕事の質と量のみで給料が決まる、それが本来の「同一労働同一賃金」の理想形態であると思われるのだが、どういうわけか、この国では右も左も関係なく、「同一労働同一賃金の実現を!」と訴えている。
 全政党が「能力給の実現を!」と訴えている姿を想像してみよう。それが如何に滑稽な光景かが分かると思う。

 先に「半分は期待している」と書いた通り、「同一労働同一賃金の実現」はあまり期待できないが、「長時間労働の是正」だけは実現してほしい。

 「仕事に8時間を、休息に8時間を、やりたいことに8時間を」というスローガンが発表されたのが1817年のイギリス、その後、1848年にフランスで12時間労働が実現し、1886年にアメリカで8時間労働のストライキが起こり、1917年にソ連で8時間労働が確立した。(参考:ウィキペディア)

 なにやら社会主義的な感じがして違和感もあるのだが、「1日8時間労働」が確立されてから、来年で100年を迎える。時代は大きく変わり、人間の代わりに人工知能ロボットが仕事をするという時代に突入しようとしている現代において、いつまでも「8時間労働」に縛られるのは不自然だとも思える。

 1817年 「8時間労働」のスローガン
 1917年 「8時間労働」の実現
 2017年 「8時間労働」からの脱却 ←目標

 現代は、人間の仕事が無くなっていく時代の経済システムの再構築とともに、労働時間というものもゼロクリアでリブートする(考え直す)時代なのかもしれない。そういうマクロ的な意味合いでの「働き方改革(長時間労働の是正)」なら応援したいと思う。

【関連記事】「同一労働同一賃金」という言葉を都合よく利用する人々


【追記】2016.10.04
(BLOGOS転載記事のコメントに対する返答になります)

>なぜ非正規社員を正社員化すると日本経済の崩壊に繋がるのか、私にはよくわからないので、詳しくご説明頂きたいです。

 正規社員の収入を大幅に下げた上で、非正規社員を正規社員にすることは可能かもしれませんが、正規社員の収入をそのままの状態で非正規社員を正規社員にするのは無理が有り過ぎるということです。
 現状、既に4割を超えている非正規社員をいきなり正規社員にすれば、経営破綻に陥る企業が数多く出てくると思います。実際に現場で働いている人であれば、ほぼ同じ感覚を抱かれると思います。
 詳しくは上記の【関連記事】を参照してください。

>この記事は、「能力給」をすべて「職務給」と読み替えるべきでしょう。 「能力給」というと、もう少し曖昧で範囲が広い概念のようです。年功序列の体制であっても、「勤続年数が長くなれば能力があがる」等の言い方で、能力給と年功序列の組み合わせが正当化される場合があると思われます。

 「職務給」と言うよりは「職給」でしょうね。
 個人的に思うことですが、「職務給」というのは「ある仕事に従事している人はこれだけの給料」という具合になりますので、個人の能力による差というものがあまり考慮されていない給料制度というイメージを受けます。勤続年数だけで給料が無条件に上がっていくのは可笑しいと思いますが、経験や実力が向上することによって給料が上がっていくシステムでなければ、一生、給料額が変わらないということになってしまいます。
 「同一労働同一賃金」で重要なことは「公平性」であって「平等性」ではありません。同じ職種の人は全て同じ給料というような悪平等な賃金制度では労働における公平性は担保されません。「年功序列」を認める必要はありませんが「個人の能力」を考慮してこその「同一労働同一賃金」です。

>1817年に主張された「1日8時間労働」というのは、「1日8時間(以上)は働け」という意味ではなく、それまで際限なく働かされていた工場労働者の健康を守るために、「働かせるのは(原則)1日8時間までにせよ」と提唱したものです。「1日8時間は働かなければダメだ」などという主張が100年間なされて法制度になってきたという意味ではないので、誤解なきように。

 「ウィキペディア参照」と書いた通り、1817年以前は、1日12時間〜16時間労働もあったと書かれていますので、別に誤解はしていません。
 付け加えると、本記事は「1日8時間」に縛られるのは不自然と書きましたが、必ずしも「8時間以下」にせよと言っているわけではなく、「時間に縛られる」こと自体を見直した方がよいという意味です。

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投稿: 管理人 | 2016年10月 4日 (火) 21時34分

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