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なぜ「楽天の株は騰がらない」のか?

■なかなか騰がらない「楽天」株

 トランプ相場による米国株高に連動する形で、日経平均株価も2万円台が定着しつつあり、株価が最高値を更新している銘柄が多数ある中、純利益が最高値を更新しているにも拘らず、騰がらない株もある。その代表的な銘柄の1つが「楽天」株になる。
 私も一応、楽天の1株主なので、株主としての意見を率直に書いておきたいと思う。

 「楽天の株が騰がらない」、これは多くの楽天株主の意見でもあると思われるが、三木谷社長本人の意見でもある。先月の携帯電話事業参入の記者会見の場で三木谷氏は、「残念ながら、われわれの実力が(株価)に反映されていないと思っている」と述べている。昨年の2月には「足元の株価は割安で、我々の想定する企業価値と大きな開きがある」とも述べている。

■「公募増資」と「自社株買い」の矛盾

 思えば、楽天の株が下がり始めたのは、2015年に公募増資を発表した頃と軌を一にしている。2015年4月10日に株価が最高値2395円を付けた後、6月に公募増資発表、1株1905.5円で1807億円を調達したものの、その後、2年以上に渡って株価が下がり続け、現状では1000円を割っており、2月9日に905円の年初来(増資来)最安値を付けている。

 株式投資の格言に「半値八掛け二割引」というものがある。この格言を楽天の株価に適用すると、766円ということになる。(あくまでも参考値)
 ちなみに、ビットコインに適用すると、最高値が240万円で計算すれば70万円台になる。実際、ビットコインもその辺りで反転しており、一旦、半値の120万円まで戻している。ビットコインのような信用担保の無い仮想通貨は、指標とするものがないせいもあるのか、案外、定説通り(格言通り)に動くものなのかもしれない。

 2017年12月期の楽天の決算は、純利益が2.9倍となり、初の1000億円を突破した。しかし、携帯電話事業への参入をリスクと見る向きもあるのか、なかなか株価が騰がらない。

 楽天は2017年2月に「1000億円の自社株買い」を発表している。取得期間は2018年2月21日までということなので、一応、今週で終了したことになる。
 2015年に1807億円の公募増資を行い、2017年に1000億円の自社株買いを発表する。これなら結果的に初めから公募増資を行わなかった方が良かったのではないか?と思った株主は多いと思う。
 楽天モバイルが好調であるにも拘らず、リスクをとって携帯電話事業に参入、これも短期的に見れば結果的に株価を下げる要因になってしまったようにも見える。

■楽天に必要なのは「増配」

 多くの人は「楽天の株が騰がらないのはアマゾンのせい」とも言う。しかし、楽天の最も利益を上げている部門は金融業なので、あまり信憑性があるとも思えない。
 では、何が問題なのか? 個人的には、単純に配当が低過ぎることが原因ではないかと思う。楽天の年間配当は現状で450円なので、配当利率で言えば、0.4%しかない。銀行よりは遥かにましだとは言え、リスクを取る投資家から見れば、お世辞にも魅力ある高配当とは言えない。

 アメリカのグーグルやアマゾンは無配当だが、株価が騰がることによって株主に利益を還元している。成長著しい最先端企業は、株主配当よりも設備投資を優先する方が、結果的に株価を上昇させることに繋がるので、無配でも株を買う人がいる。しかし、もし株価が騰がらない(下がり続けている)のに、無配当でいれば、即座に売られてしまうだろう。キャピタルゲインか配当のどちらか一方を満たさないと、その株は株主にそっぽを向かれてしまう。

 そう考えると、楽天の株を騰げる最善の方法は、取り敢えず、配当を上げることだと言える。配当を上げることが呼び水となり、株主が増加して、株価が騰がっていくという好循環が生まれる。高業績であるにも拘らず、この最も重要な株価政策が滞っているために楽天の株価は騰がらないのではないかと思う。楽天の場合、多くの株主優待があるが、優待よりも配当を重視するべきだと思う。

 日本の場合、株価を安定させる最も重要な要素は、結局、安定的に配当を出すことだと言える。実際、年率3%以上の配当を出している上場企業の株式は、比較的に安定している。含み損を抱えて塩漬けになっても3%の配当金があれば、そのまま持っておこうという株主は多いと思う。5%以上の高配当企業が滅多にないことが、そのことを如実に物語っている。

 「われわれの実力が(株価)に反映されていない」のは、その通りかもしれないが、残念ながら、株価が思ったように騰がらない(投資家に評価されない)のであれば、正攻法で投資家に評価されるようにするべきだと思う。
 「増資」や「買収」や「自社株買い」よりも、高業績企業である楽天の「増配発表」、これこそが、楽天のイメージと株価を押し上げる最も有効な手段だと言える。


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病膏肓に入る日本のリベラル

■『リベラルという病』と『「リベラル」という病』

 昨年、『リベラルという病』(山口真由著)という本が出たかと思うと、今年は『「リベラル」という病』(岩田 温著)という、ほとんど同名の書籍が出たので興味を抱き読んでみた。山口真由氏の本は主にアメリカのリベラルについて中立の立場で論じられた本だったが、岩田 温氏の本は、著者自らが述べられている通り、日本のリベラルを徹底的に批判するという骨太な本だった。

 しかし、「リベラル」=「病」としたタイトルの本が2冊も出るということは、それだけ現代の「リベラル」が特異な存在だということが広く認知されつつあるということなのかもしれない。

 日本には「病膏肓(やまいこうこう)に入(い)る」という諺がある。「膏」は心臓の下の部分、「肓」は横隔膜の上の部分、その部分には薬も針も通らないので、治療するのが極めて困難なため、治療の仕様がないことを意味した言葉だが、この2冊の本にネーミングされた「」という言葉には、そういった意味が込められているのかもしれない。

■「ガラパゴス左翼」にカテゴライズされた意外な人物

 本書には、「リベラル」にちなんで「ガラパゴス左翼」批判が実名で書かれていたが、まさか、あの博識で有名な著名人I氏がこのカテゴリーに入っているとは意外だった。ちなみにI氏は以前に「リベラル=左翼と呼ばれたくない人たちの自称。」と定義されている。

 私自身、I氏の本は1冊も読んだことがないので、I氏の思想が奈辺にあるのかは知る由もないが、岩田氏は図書館に籠ってI氏の膨大な著作を眼光紙背に徹して深く読み込まれたそうなので、そう思える何かがあったのかもしれない。

 岩田氏はI氏を「平家物語」に登場する「鵺(ぬえ)」に喩えている。「鵺」とは、顔は猿、体は狸、手足は虎、尾は蛇という正体不明のキャラクター(妖怪)だが、言っていることが「右」とも「左」とも受け取れるI氏の中立的な姿勢を「鵺」に喩えたのかもしれない。

 本書には、日本の立憲主義についても述べられており、吉田 茂の憲法解釈の変更によって日本の立憲主義は既に終わっているとも書かれている。
 立憲主義を破壊した政治家がいたとすれば、それはリベラルの言う安倍総理ではなく、吉田 茂だった。本来、持てないはずだった自衛隊を持てるようにし、敵が攻めてきた場合は戦えるようにしたのは吉田 茂だったというわけだ。
 「自衛隊は違憲だ!」と言わずして、「集団的自衛権の行使は違憲だ!」と言うのでは筋が通らない。「立憲主義を守り抜け!」と言うのであれば、まず自衛隊の存在についての自らの考えを示さなければならない。これはその通りだと思うが、こういった矛盾や欺瞞を知ってか知らずか都合よく無視するのが日本のリベラルの特徴なのだろう。

■リベラル政党を批判するリベラル政党の不思議

 ところで、日本では野党のことを「リベラル政党」と呼ぶ向きがあるが、アメリカで「リベラル政党」と言えば民主党になる。では、アメリカの民主党に近い日本の政党は?と言うと、実は「自民党」になる。このことは、先述した山口真由氏の『リベラルという病』にも書かれていたと記憶している。曰く、自民党が野党の立場(リベラル)を奪ってしまったと。

 先の「鵺」の話に擬えて言うと、自民党というのは「鵺」のような政党であり、顔は右翼、体は保守、手足はリベラル、尾は左翼という具合に、バランスよくまとまったチャンコ鍋のような政党なので、野党を必要としない無難な政党ということになってしまう。自民党一強の理由は、自民党が「鵺」政党であることも少なからず関係している。

 第1次安倍内閣は「中道右派」と思われていたが、現在の第2次安倍内閣は「中道左派」か「リベラル右派」と言ってもいいぐらい、少し左に寄っているように見える。
 そのリベラル政党でもある自民党を批判しているのがリベラル政党だというのだから、この時点で何かがおかしいことになる。リベラル政党である自民党を批判する政党があるとすれば、それは右翼政党・保守政党・左翼政党のいずれかということになる。では、「リベラル」を名乗る日本の野党はどれに該当するのか?

 アメリカにはトランプ大統領が属する共和党という保守政党があるが、日本の「リベラル」を名乗る野党は反トランプなので保守政党とは全く相容れない。となると、答えは自ずと決まってくる。右翼政党や中道右派の保守政党が自民党を批判するなら理解できるのだが、そうでない限り、リベラルを批判するのは…(以下省略)

(注記)本記事内の「リベラル」という言葉は、文脈によって意味が違っています。


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「リーマンショック以来の大暴落」の嘘

■「株価」を「体重」で考える

 今週はニューヨークダウの終値が1000ドル以上急落するという場面が2回あり、「リーマンショック以来の大暴落」というような言葉がテレビや新聞等で大きく報道された。ニュース番組でも「リーマンショック以来の下げ幅」ということで危機感を煽るような悲観的なニュースを伝えていた。
 
 確かに朝起きて、ニューヨークダウが1000ドル以上も下がっていると「何があったのか?」とショック症状に見舞われることは理解できるのだが、単純にリーマンショック時と比べるのは間違っている。
 現在のニューヨークダウとリーマンショック時では、株価に2倍以上の開きがあるので、「急落」であることには違いはないが、「暴落」というのは間違っている。正しくは「リーマンショック以来の暴落」ではなく、「リーマンショック以来の急落」と言うべきだった。

 このことは、「株価」というものを「体重」に置き換えて考えると解り易いと思う。
 例えば、体重50kgの人が45kgに減る場合と、体重100kgの人が95kgに減る場合を考えてみると、この両者の減量した体重はどちらも5kgだが、程度は全く違う。今回のニューヨークダウの急落(1日の動き)は、後者の体重100kgの人が95kgになったという状態であり、リーマンショック時の暴落は前者の50kgの人が45kgになったようなものである。
 体重50kgの人が45kgになれば「あなた、痩せましたね」ということになると思うが、体重100kgの人が95kgになっても痩せたということはほとんど分からない。この差を同列に扱うことに違和感を感じた投資家は多いと思う。

■即断即決のトランプ相場

 現状でのニューヨークダウの最高値は26616ドル(現在24190ドル)、日経ダウの最高値が24129円(現在21382円)なので、どちらの相場も短期間で1割程度下げたことになる。かつてトランプ氏が大統領に決まった時は、僅か1日で株価の調整が終了したということがあったが、彼が大統領在任中の株価の調整も極めて短期間で終了ということになるのかもしれない。何ヶ月間もかけてダラダラと株価が1割下がるよりも、10日間で1割下がって調整終了、それがトランプ相場の特徴なのかもしれない。

 マスコミでは、ニューヨークダウの終値だけが話題になる傾向にあり、場中の値動きにはあまり触れないことが多いが、昨晩のニューヨークダウの動きを見てみると、2時前に23360ドルで底値を付けてから、一気に1000ドル騰げており、チャート的には長い下髭を付ける格好になっているので、普通に考えると底を打ったと考える投資家は多いと思う。

 その日のニューヨークダウの終値だけで意見がコロコロ変わるマスコミ報道は、昨日、楽観的なことを話していたのに、わずか一晩で、悲観的な意見に変わるという場合をよく目にする。今回のニューヨークダウの「急落」を「暴落」と伝え、リーマンショックと準えることもまた、大局観を持たないマスコミ報道の特徴だとも言える。

 商品を安く売ってくれる人がいるなら、有り難く買う。
 商品を高く買ってくれる人がいるなら、有り難く売る。

 それが、株式相場での必勝の法則であるはずなのだが、「恐怖感」や「陶酔感」という感情が入るとそれができなくなり、全く逆のことを行うことになってしまう。

 商品を安く買ってくれる人がいるから、有り難く売る。
 商品を高く売ってくれる人がいるから、有り難く買う。

 危機感を煽るマスコミ報道には気を付けよう。

 ※株式投資は自己責任でお願いします。

【追記】2018.2.11
(BLOGOS転載記事のコメントに対する返答になります)

>「これから高くなりそうなものを売ってくれる人がいるならありがたく買う」が正解です。
安い商品を買って、もっと安くなったらどうするんですか?

 「落ちてくるナイフを安易に掴むのは危険」、その通りです。私もそう思っていますので「買い下がる」という行為も重要になってきますが、そこまで細かく書く必要性を感じなかったので、シンプルに書いただけのことです。

>リアリティーが全く感じられませんよ、記事を書く資格がないんじゃないですかね?

 万人がリアリティを感じる突っ込みようのないブログ、そんなブログがどれだけあるんでしょうか? そんなことが要求されるなら、日本中のほとんどのブロガーはブログを書くことができなくなります。そもそも誰からも報酬をもらっていない非営利の個人の公開日記にイチャモンを付けられても困ります。リアリティーが感じられないなら、読まなければいいだけの話だと思いますので、どうぞ無視してください。


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「社会正義のために戦う戦士」の正体

■「戦争できない」と「戦争しない」の違い

 現代のアメリカでは、社会正義のために戦う戦士のことを、文字通り「Social Justice Warrior」と呼ぶらしいが、日本にもこういった人々は大勢いる。例えば、有名人の不倫を暴くことを絶対的な社会正義だと思い込み、徹底的に叩くことを生き甲斐としているような戦士達もいる。不倫行為は法的にも「不貞行為」であるので、不倫をすることは決して褒められたことではないが、個人の不倫行為を万民に暴露することが必ずしも正義になるとは限らない。

 自らを正義のヒーローだと錯覚し、他人の人生を破壊しても恬として恥じない、そんな独りよがりの独善者は数多いが、「憲法を変えないこと」を正義だと思い込み、改憲論を徹底的に叩くことを生き甲斐としているような戦士達もいる。

 憲法を変えると「戦争できる国になる」と言い、まるで「戦争できない国」が正義であるかのように思っている人もいる。しかし、国家としての理想は「戦争はできるが戦争をしない国」であって、単なる「戦争できない国」ではない。「できない」と「しない」は全く違う。

 喩えて言うなら、人間は誰しも窃盗(泥棒)をすることはできる。「盗もうという気持ち」と「盗みを行う手」があれば、窃盗行為を行うことはできる。しかし、多くの人は理性があるので、法律で禁止された窃盗行為をしない。窃盗行為を行うことはできるが、理性的に「しない」という選択をする。
 もし、人間の「しない」という理性を無視して、人間が窃盗できないようにするためには、両手を動かないようにする(切断する)ことが正義だということになってしまう。これが、「しない」と「できない」の違いだ。

■迷惑な「社会正義のために戦う戦士」

 北朝鮮のような独裁者が牛耳る無法国家には、人間の本能を縛る法律が無いようなものなので、人間の理性には期待できない。独裁者の鶴の一声で「しない」という選択肢は吹っ飛んでしまう。ゆえに「戦争できない国」にすることは彼らにこそ必要な施策だと言えるのだが、どういうわけか日本では、どの国よりも理性的だと思われる国民に「戦争できない国」を適用しようとする人々が存在している。

 本能的に動く他国が「いつでも戦争できる国」であるにも拘らず、理性的に動く自国を「いつまでも戦争できない国」にすることを生き甲斐にしている。これぞ、まさに独りよがりの独善であり、自らを社会正義のために戦う戦士だと勝手に思い込んでいる「Social Justice Warrior」そのものだと言える。

 社会正義のために戦う戦士が、自国の国民の理性を信じず、両腕を動かないようにすることを正義だと思い込み、自ら国家を破壊していることに気が付かない。彼らにこそ自らの行動を縛る「理性」が必要だと言える。

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