« 2018年4月 | トップページ | 2018年6月 »

「蚊帳の外」に置かれた北朝鮮

■「ツンデレ外交」に失敗した北朝鮮

 「日本は蚊帳の外」というようなお花畑論が飛び交う中、大方の予想通り「米朝首脳会談」は中止となり、北朝鮮は蚊帳の外に置かれることになった。
 アメリカに対し威嚇的な態度を取り続けていた北朝鮮は、少し前から微笑み外交に転じ、融和的な素振りを見せていたが、トランプ大統領が微笑み外交に乗った(=罠にかかった)と見るや、再度、威嚇的な態度に切り替えた。
 これは言わば、北朝鮮流のツンデレ(※)外交だったと言えるのかもしれないが、地獄の閻魔様(トランプ大統領)には、そういったハッタリがまるで通じないことが判り、再度、好意的な態度を見せ始めている。

(※)ツンデレ…特定の人間関係において敵対的な態度(ツンツン)と過度に好意的な態度(デレデレ)の二つの性質を持つ様子、又はそうした人物を指す。(Wikipediaより)

■「米朝首脳会談」の意味するところ

 先に「地獄の閻魔様」と書いた通り、米朝首脳会談の意味するところは、まさに「閻魔」と「罪人」との正式な話し合いの場のようなものだったとも言える。

閻魔「二度と悪事を働かないことを誓うか?」
罪人「はい、誓います」
閻魔「ではまず非核化を誓ってもらおう」
罪人「核実験は中止しますし、核実験施設も廃棄します」
閻魔「では、6月12日にもう一度、話し合いの場を持とう」
罪人「はい…」
    ・
    ・
閻魔「日本から拉致した人達も返してもらわなければいけない」
罪人「…拉致したアメリカ人は返します」
閻魔「核実験施設には専門家を招いて視察してもらう」
罪人「…報道陣だけを招いて見てもらいます」
    ・
    ・
罪人「閻魔が一方的な非核化を押し付けるのであれば話し合いは考え直すかもしれない」
閻魔「では、話し合いは中止だ」
罪人「えっ!? ちょ…ちょっと待ってくれ、俺はいかなる形ででも直接話し合いする用意がある」
閻魔「・・・」

■追い詰められた現代のカンダタ

 現状を閻魔裁判に喩えれば、こんな感じだろうか。
 客観的に観れば、罪人に改心する気持ちがないことが判れば、閻魔様の裁きで地獄へ真っ逆さまに堕ちるしかないという切羽詰まった状態であり、まさしく罪人は背水の陣で非核化に臨まない限り、生き残る術はないという状況に置かれている。主導権を握っているのはあくまでも閻魔様であり、罪人ではないということを知る必要がある。

 浅はかなツンデレ外交によって自ら「蜘蛛の糸」を手放してしまった現代のカンダタの心境は如何なるものであろうか? 
 「蜘蛛の糸」はもう1度、カンダタの目の前に降りてくるかもしれないが、その「蜘蛛の糸」を握ったところで、改心する気持ちがないならば『蜘蛛の糸』の物語同様、結末は変わらない。
 しかしたとえ「蜘蛛の糸」を握れなくても、地獄に囚われた民衆を救う気持ちがあれば救われる。重要なことは話し合いではなく、その改心である。話し合いは、その改心を確かめる場でしかない。
 今回は話し合うまでもなく、改心した様子が感じられなかったので、話し合いは中止になったというだけのことである。

 トランプ氏が流行らせたとされる「You're fired!(お前はクビだ!)」という言葉は、今後、一国の指導者である金正恩に対しても放たれる可能性がある。その結末は、「You're fired! Go to hell!(お前はクビ(指導者失格)だ! 地獄へ堕ちろ!)」かもしれない。

【参考文献】ドナルド・トランプ 奇跡を起こす10倍思考(平 睦夫著)

【追記】2018.5.26
(BLOGOS転載記事のコメントに対する返答になります)

>また12日開催に向けて協議中ってトランプが言ってますが。。。

 だから、「もう1度、蜘蛛の糸が降りてくるかもしれない」と書きました。

>敵には常に強硬な態度を取ればいいと 思っているようだ。
それがカッコイイと考えてるからかな?

 誰がどう見ても強硬な手段を採るしか方法がないと思いますが。軟弱な手段で解決するなら、拉致問題などは既に解決済でしょうから。

>貴方の見通しが当たったことある?

 ここ数年、書いてきたことは、ほぼ当たっていると思いますが。

>今回はさらに「閻魔大王」という仏教、ヒンドゥー教の空想上の神とRPG『ドラゴンクエストシリーズ』のカンダタを組み合わせるという、時空を超えたガラクタ理論は重要無形文化財の域に達しています。

 多分、解った上で書いているんでしょうけれど、誤解される人がいるといけないので説明しておきます。カンダタ(犍陀多)は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』に登場する主人公であり、『蜘蛛の糸』は仏教がベースの物語です。『ドラゴンクエスト』にも盗賊姿のカンダタというキャラクターが登場しますが、元になっているのは『蜘蛛の糸』のカンダタです。

----------------------------------------------------------------------

にほんブログ村 経済ブログ 日本経済へ

【スポンサーリンク】

| | コメント (1) | トラックバック (0)

米朝首脳会談中止は「想定の範囲内」

■「トランプ大統領と金正恩」は「水と油」

 トランプ大統領と金正恩との会談光景というものは、想像しようとしても、あまりにも現実味がなく、頭に浮かばない。もし、その光景がありありと頭に浮かんだとしても、それは妄想の類いであり、決して未来の光景を正確に映したものではないとも言える。
 仮に本当にそのような現実が眼前に繰り広げられたとしても、それは一時の気の迷い、蜃気楼か幻のようなものだと思った方がよいかもしれない。
 
 トランプ大統領と金正恩との会談、それは恰も警察官と犯罪者、善人と悪人、有神論者と無神論者の会談のようなものであり、本心では決して交わることのない水と油のようなものである。双方が語りかける言葉は、「リップサービス」(トランプ)と「ウソ」(金正恩)の応酬にしか過ぎず、話される言葉をストレートに受け取ること自体が無意味に思える。
 最近、トランプ大統領が楽観的な観測を述べたり、金正恩を褒めたりしているのは、交渉を有利にすることを目的とした彼流のおべっかでしかないと思う。
 
 金正恩と文在寅大統領は、「反日」という点で交わる部分があるかもしれないが、金正恩とトランプ大統領では元々、交わる部分が無い。トランプ大統領が世界の平和を願っていたとしても、金正恩は世界の平和など願っていないのだから、どこまでも平行線を辿ることになるのは目に見えている。

■ならず者が真人間になれる可能性

 一般的に、ならず者が真人間に変わるためには、通常、自らが痛手を被ることで反省と後悔の念を抱く必要がある。アルコールを飲み過ぎて病気になって入院するとか、酔っぱらって破廉恥行為を行い逮捕されるとか、人間が自らの誤った考えをコロッと変える機会というのは、そういった痛手を被るような経験を通した時に起こることが多い。

 では、金正恩は、この間、何か痛手を被ったのか?と言うと、特に何の変化もなさそうだ。経済制裁をされて食料が足りずに飢えているのは北朝鮮の無辜の民であり、北朝鮮の支配層ではない。あの体形を見れば、国民の餓死をよそに、どれだけ裕福な生活をしてご馳走を平らげているかは一目瞭然だ。

 独裁者というものは、一度、絨毯爆撃などで命からがら生き延びるぐらいのインパクトのある出来事でも経験しない限り、おいそれとは真人間に変わろうとは思わないと思う。

■トランプ大統領でも北朝鮮の民主化は難しい

 そもそも、北朝鮮が世界の平和を望んでいるのであれば、なぜ、これまでに微笑み外交のような手段を採らなかったのか? なぜ、直前のオバマ大統領の時には、考えを変えなかったのか? その答えは、「トランプ大統領」という存在にある。彼がアメリカの大統領になっていなければ、北朝鮮は懲りずに核開発を行い続け、ミサイルを飛ばしまくり、納得のいくまで核実験を繰り返していただろうことは想像に難くない。世界がどれだけ批判しても、全く聞く耳を持たなかったことだろう。

 その恐いもの知らずの金正恩が、なぜ態度を軟化させたのかと言えば、それは偏にトランプ大統領の言動力に畏怖したからに他ならない。およそ、それ以外の理由は考えられない。
 トランプ大統領には金正恩を怖じ気づかせるパワーがあった。これだけは否定できない事実だ。しかし、だからと言って、トランプ大統領が北朝鮮の独裁体制まで変えて民主化できるとまでは言えない。

■梯子を外されたリベラル達

 おそらく、北朝鮮の狙いは、「アメリカとは争うつもりがないので、現在の体制は維持させてくれ」という密約に漕ぎ着けることだろうと思う。
 個人主義(リベラル)を理想とするアメリカ民主党の政治家であれば、そんな密約に応じたかもしれないが、トランプ大統領の場合は、保守本流の政治思想を持った人物でもあるので、そういった利己的な狡賢い策略には乗らない可能性がある。ここが日本にとっての救いでもある。

 北朝鮮が米朝首脳会談の中止を示唆したことで「米政権、虚突かれる」というようなニュースが出ていたが、米政権にとっては、無論、想定の範囲内の出来事であり、梯子を外されたのは日本のマスコミだけだろうと思う。


----------------------------------------------------------------------

にほんブログ村 経済ブログ 日本経済へ

【スポンサーリンク】

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ドライバーの「睡眠不足」は本当にチェックできるのか?

■ある小学校の教室での1シーン(フィクション)

教師「最近はバスやトラックの交通事故のニュースをよく見かけるようになりましたが、皆さんは、どうすれば、交通事故が無くなると思いますか?」

生徒A「…はい!(手を挙げる)」

教師「はい、A君、なにか良い答えが浮かんだかな?」

生徒A「運転手が睡眠不足かどうかを確かめればいいと思います。」

生徒B「睡眠不足かどうかなんてどうやって調べるんだよ?」

(教室内一同笑)

教師「こらこら、みんな、A君を笑ってはいけません…クスクス…」

生徒B「先生も笑ってるじゃん」

(教室内一同爆笑)

■「睡眠不足者には運転させてはいけない」の是非

 なぜこんな話を冒頭に書いたのかというと、実際にこれと同じような答えが発表されたからに他ならない。

 バスやトラックの交通事故が目立つという理由から、国土交通省は、バスやトラックの運転手に来月(6月)から新たな規制(義務化)を設けることになった。その義務化とは「睡眠不足者には運転させてはいけない」というもので、ドライバーを雇用している事業者は、乗務前に「睡眠不足」の確認をしなければいけないということになった。

 この報道を聞いて、さすがに面食らった人が多かったのか、疑問視する声が圧倒的…と言うか、賛同している人がほぼ皆無という状況になっている。

 睡眠不足が居眠り運転の原因になるというのは確かにその通りなのだが、睡眠時間というものは相対的なものであり、誰も彼もが同じ睡眠時間を取れば居眠りしないというわけではない。世の中には、ショートスリーパーの人もいれば、ロングスリーパーの人もいるので、何時間眠れば疲れが取れるかも千差万別だ。
 睡眠の「質」というものもあるし、前日の仕事量や精神的なストレス、果ては、食事の量や栄養のバランスによっても疲労回復時間は変わってくるので、一概に寝不足状態を規定することはできない。

 充分な睡眠(8時間睡眠)を取れば絶対に交通事故を起こさないのか?と言えば、そんな保証はどこにもないし、誰にもできない。交通事故は万全の体調であったとしても運によっても左右される場合がある。こんなことは、実際に車の運転をしたことのある人であれば、誰でも解ることだと思う。

■「寝不足ではありません」の真偽は不明

 そして、正直に「寝不足ではありません」と言うドライバーと、「寝不足ではありません」と嘘をつくドライバーも出てくるはずだ。寝不足で仕事ができないということであれば仕事にならないので、馬鹿正直に「寝不足です」と言うような人がいるとは思えない。民間企業でそんな危ないドライバーをいつまでも雇用する会社が有るとは思えない。

ドライバー「今日は睡眠不足ですから運転できません」

事業者「あ、そう、やる気がないなら辞めてもらってもいいよ」

ドライバー「えっ・・・・・」

 こうなること請け合いだ。

 昼食を取ってから2時間程度経てば、急激な眠気に襲われることは誰もが知っている。夜間にぐっすり眠った人であっても、あの生理的な眠気を回避することは難しい。糖質制限者であれば、「できますよ」と言うかもしれないが、誰も彼もが極度の糖質制限者ではないので、現実味があるとは言えない。

 ちなみにあの昼食後の眠気というのは、「グルコーススパイク」と言って、糖質を取ったことで上昇した血糖値がインスリンの働きによって急激に下がることで齎される(ということになっている)。
 脳が一時的に低血糖状態に置かれるので、思考力が低下することで眠気が齎される。
 私の場合、プチ糖質制限者(超緩めの糖質制限)なので、それ(眠くならないこと)が本当のことなのかどうか体験したことがないので断言はできないが、理論的には筋が通っているので多分、本当のことなのだろう。

■ドライバー不足に拍車がかかれば無意味

 話が横道に逸れたので元に戻そう。
 今回の規制(義務化)で最も危惧されるのは、ドライバーに成りたいと思う人が減少するのではないかということ。
 ネット販売の急増でただでさえ配送ドライバーが不足しているというのに、睡眠不足であれば運転できないというような規制を設けてしまうと、ますますドライバーが足りなくなってしまうのでないかと思う。人員が足りなくなれば、更にドライバーの睡眠不足に拍車がかかり、交通事故が増えるという悪循環に陥る可能性も否定できない。

 安全になるという予測で、安易に規制を設けても、予測とは裏腹にまた同じような交通事故が発生すれば、どう対処するのだろうか? 交通事故が減らないのに、規制だけが残るということになるのではないかと心配になる。本当にそんなことになると、経済にも悪影響を与えることに繋がってしまう。

 こういった人的に一律な規制を設けるよりも、いっそのこと、トラックやバスに居眠りを防止するシステムを取り付けた方がよいかもしれない。ドライバーの肉体反応をチェックするシステムや、自動運転アシスト機能でも付けた方が交通事故を減らせるのではないかと思うのだが…。


----------------------------------------------------------------------

にほんブログ村 経済ブログ 日本経済へ

【スポンサーリンク】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「セクハラ」という言葉に御用心

■「セクハラ」と「ジョーク」の混同

 このところ、毎日のように「セクハラ」という言葉を耳にする。吉本新喜劇の「アホンダラ教の教祖」のように、「セクハラ」「セクハラ」…と連呼する「セクハラ教の教祖」のような人が実際に出てきそうで心配になる。

 麻生氏の「セクハラという罪は(日本には)無い。」という発言が物議を醸していたが、セクハラ罪の有無に拘らず、「セクハラ」というものの定義は極めて曖昧だ。普通に生活している分には、一体どこからどこまでが「セクハラ」に該当するのか分からず、線引きが難しいと思う人は多いと思う。

 財務省の福田淳一(前)事務次官の場合は、完全なセクハラ発言に該当すると思われるが、世間一般では、あそこまで露骨なセクハラ発言は稀だと思う。
 例えば、会社の忘年会などを考えてみると、乾杯するまでは皆一様に静まり返っていても、いざ乾杯して、お酒が入ると、人が変わったかのようにしゃべり出す人もいる。
 普段、真面目な話しかしない男性であっても、女性に対して冗談を言う人もおり、聞き様によってはセクハラだと思うようなことはいくらでもある。相手の女性も酔っているので、特に気にする素振りもなく、笑って話している。

 異性を嫌がらせることを目的とする「セクハラ」と、異性を笑わせることを目的とする「ジョーク」が、全て同じものだとするのは、明らかに行き過ぎだと思う。

 忘年会というのは、普段の窮屈な建前社会を忘れて、一時の「無礼講」を楽しむ行事でもあるので、その場における会話(下ネタ)に「セクハラ」という概念を持ち込むこと自体がナンセンスだとも言えるが、なんでもかんでも「セクハラ(罪)」ということになると、仕舞いには会社の忘年会なども無くなってしまうのではないかと危惧される。「セクハラ」「セクハラ」と騒いでいる人達は、忘年会で冗談も言えないような窮屈な社会を望んでいるのだろうか?

■現代の「メドゥーサの首」

 「セクハラ」と似た言葉に「差別」という言葉がある。何が似ているのかと言うと、定義は曖昧ながら、相手を黙らせることができる最も有効な言葉の1つとして。

 論理で勝てない相手に使用する「奥の手」として「差別だ!」という言葉を武器にする人がいる。この言葉はある意味、現代における「メドゥーサの首」とも言える。その言葉を耳にすると、大抵の相手は途端に石のようになって黙り込んでしまう。その言葉を聞いた周りの人々も、「差別だ!」と言われた人が無条件に悪人に見えるという魔法のような言葉だ。

 それゆえにこそ、こういった言葉には注意しなければいけない。人々を思考停止状態に追いやり、何が善(ジョーク)で何が悪(セクハラ)かを一瞬にして分からなくさせる呪文のような言葉であることを承知した上で、惑わされることなく、冷静に事の善悪を見定めなければいけない。

 「セクハラだ!」という言葉を聞いて、事の重要度を大小分別することなく感情的になった時点で、その人物は既にメドゥーサの術中に嵌まっているということを知らねばならない。

 「セクハラ」という言葉に注意しよう。
----------------------------------------------------------------------

にほんブログ村 経済ブログ 日本経済へ

【スポンサーリンク】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北朝鮮は「非核化」できるのか?

■核兵器の「一時放棄」と「永久放棄」

 歴史的な米朝首脳会談が迫っているためか、北朝鮮の非核化論議が盛んになってきた。
 巷では「北朝鮮は非核化する」とか「北朝鮮は非核化しない」、または「北朝鮮は非核化できない」というような意見が囁かれ、まるで当て物であるかのような様相を呈している。

 しかし、一口に「非核化」と言っても、非核化にもいくつかもパターンがある。大きく分ければ「一時放棄」と「永久放棄」というものに分かれるが、はたして「非核化する」とか「非核化できる」と楽観的な意見を述べている人は、どちらを意味して言っているのだろうか?

 同じように、「米朝会談」というものも、「米朝会談は成功する」とか「米朝会談は失敗する」という意見に分かれているが、これも何をもって「成功する」「失敗する」と言っているのかよく分からない。

 「米朝会談」は、アメリカにとっての成功であったとしても、日本にとっての成功とは限らない。北朝鮮が本当に核兵器を永久放棄するのであれば、アメリカもその他の国もWinWinだが、単にアメリカに届くミサイルを作らないとか、一時的に核実験を中止するだけでは、日本にとっては全くメリットがない会談ということになってしまう。

■米朝会談の成功で「喜ぶ人」と「喜ばない人」

 ネット界隈では、「北朝鮮は核を放棄できない」と言えば、「ネトウヨ」という烙印を押されるような状態になっている。要するに、“北朝鮮が非核化し平和になればネトウヨが困る”という図式になっているわけだが、全くナンセンスだと言える。

 逆に言うなら、ネトサヨ(?)は、米朝会談が中途半端に上手く行けば、日本が窮地に陥ることになるので、米朝会談を持ち上げているということも考えられる。反トランプであった人が、最近になってトランプ大統領を持ち上げているかのように見えるのは、おそらくそんな事情が絡んでいるのだろうと思われる。
 世界平和は願っても、日本だけは平和になってはいけないというのは実に屈折した考えだとも言えるが、中途半端な平和を願う裏には、そんな図式が見え隠れしていることにも注意しなければいけない。

■北朝鮮にとって核兵器は「権力」そのもの

 さて、では「北朝鮮は非核化できるのか?」というと、正直、これは非常な難題だと言える。これまで核兵器をチラつかせることによって成り立っていた独裁国家が、トランプ大統領にビビったからといって、簡単に核を放棄できるとは思いたくても思えない。

 北朝鮮における「核兵器」とは即ち「権力」そのものを意味している。独裁者がその権力を放棄すれば、他国ではなく自国の人間に殺される可能性も出てくるので、そういった内政問題もクリアしないことには難しいと言える。

 実際、北朝鮮が世界に向かって「核を放棄する」と言ったとしても、国内では言わないだろう。国営放送で「我が国は核を放棄しました」とは伝えないと思う。普通の国ではそんなこと(情報を隠すこと)はできないが、情報遮断国家の北朝鮮ではできてしまう。日本の拉致被害者についても北朝鮮の多くの国民は知らない。

 そんな国が、今更、まともな民主国家を目指すと言っても、簡単に信じる方がどうかしていると思う。それを信じさせるためには、核兵器の放棄だけでは全く足りない。人権を無視した見せしめの公開処刑も禁止し、この世の地獄とも言われる強制収容所も撤廃すると言うだけでなく、実際に実行しない限り簡単に信じるべきではないと思う。
----------------------------------------------------------------------

にほんブログ村 経済ブログ 日本経済へ

【スポンサーリンク】

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2018年4月 | トップページ | 2018年6月 »