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「命にかかわる危険な…」という言葉

■「命にかかわる危険な暑さ」の違和感

 少し前に「命にかかわる危険な大雨」という言葉をテレビのニュースで何度も聞いた覚えがあるが、現在は、「命にかかわる危険な暑さ」という言葉を毎日のように耳にするようになった。そのどちらも気象庁から発表された警告(注意報)なわけだが、どこか違和感を感じてしまう。

 「命にかかわる危険な大雨

 「命にかかわる危険な暑さ

 「命にかかわる危険な大雨」というのは、庶民には、大雨によってどの程度の水害が起こるか分からないので、その危険性を事前に告げ知らすという意味では必要なことであったのだろうと思う。実際に、その告知によって避難して助かった人もいたことだろう。

 しかし、「命にかかわる危険な暑さ」というのは、誰でも肉体感覚として分かるわけで、体温以上に高い気温下では、健康上、問題が発生する危険性があることは体感として自分自身で判断できる。あまりにも暑い場合は、クーラー(冷房)をつける。それは、誰かに言われるまでもなく、誰もが自分の意思で行う行為でもある。テレビで「クーラーをつけてください」と言っているのでクーラーをつけたというような人は、まずいないと思う。もっとも、幼児や高齢の老人なら、自分で暑さが判断できないということはあるかもしれないが。

■警告が必要なのはエアコンが無い所

 昔は、一家に1台しかエアコンが無い家が多かったが、現在では随分と安価になったので、各部屋ごとにエアコンが設置されているのが普通になった。
 それとて、「エアコンを各部屋に取り付けてください」と言われて設置したわけではなくて、暑くて生活に支障をきたすので自分の判断で設置している。「暑くて眠れないのでクーラーが必要だ」「クーラーをつければ勉強も捗るので便利だ」「クーラーの無い生活なんて考えられない」、そういった考えは誰もが個人的に抱くわけであり、誰かに忠告されたからエアコンを取り付けたわけではない。
 誰も彼も、熱中症になる危険性があるからクーラーをつけるのではなく、暑いからつけている。当然、その行為は熱中症予防にも寄与している。

 「命にかかわる危険な暑さ」でエアコンが必要なのであれば、注意するべきは、エアコンの設置された家庭ではなく、エアコンが無い所だろう。
 つまり、必要なのは、「エアコンをつけてください」ではなく、「エアコンを取り付けてください」ということになる。

 例えば、随分前から問題視されている公立の小中学校などに対してこう言うべきだ。

 「命にかかわる危険な暑さなのでエアコンを設置してください

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