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「親にも殴られたことのない顔を…」社会の到来

■「虐待の禁止」ではなく「体罰の禁止」

 漫画を読む人であれば、以下のような台詞をよく目にすると思う。

 「親にも殴られたことのない顔を…

 この台詞は、お上品な上流階級のボンボンが、今までの生涯で親からも殴られたことのない(綺麗な)顔を他人に初めて殴られた時に言う常套句のような台詞である。ちなみに、ここで言う「殴られた」とは「拳骨」ではなく、主に「平手打ち」のことを意味する。

 千葉県野田市の小学生の女児が「しつけ」を名目とした親からの虐待で死亡するという痛ましい事件があったことで、政府は「児童虐待防止法」の改正案を閣議決定し、親権者による「体罰の禁止」を法律に明記した。

 いかに子どもの肉親であろうと「虐待」を禁止するのは当然とも言える。しかし、ここで少し気になるのは「虐待の禁止」ではなく、一歩進んで「体罰の禁止」にまで踏み込んでいるところだ。
 言葉の定義からしても「虐待」と「体罰」は全く同じものではない。両者の間には一部被っている部分もあると思われるが、よく言われているように「しつけ」の部分は「虐待」や「体罰」とは少し距離を置く必要があるのではないかと思う。

■子どもは罪の意識を持たないモンスター

 私事で恐縮だが、私も子どもの頃は習い事をズル休みして親から切諫(何度も平手打ちで殴られる)されたことがある。その他にも悪いことをすれば何度も殴られたので、親が子どものしつけとして殴ることは当たり前だと思っていた。殴られて初めて悪いことをしたという認識が芽生えたこともある。

 誰でも身に覚えがあると思うが、子どもの頃というのは罪の意識を感じることなく動物や昆虫に対しても残虐な行為を平気でしてしまうことがある。悪いことをしても精神的な歯止め(ストッパー)がかからないという意味では、子どもは小さなモンスターでもある。見かけは小さくて可愛くても残虐なアライグマのようなものかもしれない。

 そんな自覚のないモンスターを叱るのは、親の仕事でもある。放っておくと何をしでかすか分からない子どもを躾けるのは親の責務でもある。
 その責務としてのしつけを行う時に、言葉だけで済ますのか、勢い余って手が出てしまうのか、その違いがあるわけだが、正直なところ、子どもに対して手を出す行為を全て暴力行為として扱い、法的に禁止にするというのはどうなのか?という疑問もある。

■漫画のキャラクターばかりになる近未来社会

 政府は「体罰」の段階を明確化するということなので、「しつけ」の全てを禁止するとまではいかないと思うが、世間の一部では「しつけも体罰も全て虐待だ!」と声を大にして言う人々が出てくると思う。そういう声に従わざるを得なくなると、子どもは絶対的に神聖不可侵な憲法のような物として取り扱われるようになり、触れることさえ危険な存在になってしまえば、少子化にもさらに拍車がかかる可能性が出てくる。
 しつけすら出来ないモンスターのような子どもよりも、しつけができる従順なペットの方がましだという人も大勢出てくるかもしれない。

 そういう意味で、「虐待」を「体罰」や「しつけ」と混同すれば非常に危険な制度になる可能性がある。他人(先生と生徒)だけでなく、親子のスキンシップすら否定する社会になってしまう危険性を孕んでいる。

 冒頭に述べた「親にも殴られたことのない顔を…」と言う漫画のようなキャラクターばかりになった近未来社会の姿を思い浮かべると、非常な危うさを感じる。
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